022.心臓における収縮タンパク質分子間相互作用のはじめての計測

心臓の拍動は,ミオシン分子のアクチン分子の相互作用によって生じます。ミオシンもアクチンも数nmから数10nmの大きさのタンパク分子なので,これらの分子の振る舞いを生きた心臓で直接に観察するには,X線回折法を用いる必要があります。X線回折法を適用するには,観察対象の分子が規則的に配列している必要がありますが,横紋筋細胞ではミオシン分子からなる太いフィラメントとアクチン分子からなる細いフィラメントが六角格子状に配列しているため,回折を観察できます。
X線回折法は従来から単離した心筋標本に応用されてきましたが,この研究ではじめて臓器としての心臓に適用されました。心臓では心筋細胞が平行に並んでいるわけではないので,X線回折も心臓の場所によって異なり,解釈が複雑になります。しかし,これは心臓における心筋細胞の配列を考慮することにより説明が可能であることが分かりました(Yagi et al., Biophys. J. 86, 2286-2294, 2004)。このことを利用して,左室自由壁の部位ごとのクロスブリッジの働きの違いや,クロスブリッジの数と発生圧の関係,心室容積と格子間隔(心筋細胞の長さ)の関係などが,生きたラットやマウスで調べられるようになりました。収縮期の初期には,クロスブリッジが形成されても心筋が縮まない期間があること,収縮すると細胞の断面積が大きく増えることなどが明らかとなりました。(Pearson et al., Circulation 109, 2983-2986, 2004)。

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図の説明

左は拡張期の心臓で,心筋は弛緩して伸びている。これにX線(黄色矢印)をあてると,筋フィラメント由来の回折(赤道反射)が得られる(右上)。弛緩状態では(1,0)反射(内側の円弧)が(1,1)反射(外側の円弧)よりも強い。これに対して血液が拍出されている収縮期では,心筋は筋フィラメントの滑り機構によって短縮し,X線回折は(1,0)反射が弱くなり(1,1)反射が強くなる。同時に筋フィラメント間隔が広くなるために反射の間隔が広がる。これらの反射強度と反射の位置から,クロスブリッジの働きと心筋の短縮の様子を知ることができる。

語句説明

(1,0)反射と(1,1)反射:筋フィラメントの作る格子の中で,フィラメントを通る直線を引くと,仮想的に等間隔の面を作り出すことが出来る。結晶学用語でこれらを(1,0)面,(1,1)面などと呼び,これらに由来する回折ピークを(1,0)反射などと呼ぶ。