134. 心が体に作用する仕組み 〜心理ストレス反応の神経回路〜

脳の中には、心理的なストレスや喜怒哀楽などの情動をつかさどる「心」の領域と、「体」の状態を調節する領域が存在し、密接に連関することで「心身相関」とよばれる現象が起こります。例えば、心理ストレスを受けると交感神経が活性化して、脈拍、血圧、体温が上昇することは誰もが経験することです。しかし、「心」と「体」の脳の領域をつなぐ、心身相関のカギとなる神経回路の仕組みは不明であり、長年探し求められてきました。

私達は、ラットを用いた実験によって、ストレスや情動を処理する内側前頭前野とよばれる大脳皮質の一部から、体の調節に関わる視床下部の背内側部とよばれる領域へ心理ストレスの信号が伝達されることを発見しました。光遺伝学の手法を用いて、この大脳皮質—視床下部の神経路を光で活性化すると、心理ストレスを受けた時と同様に、熱の産生や脈拍・血圧が上昇する交感神経反応が生じました。一方、この神経路を破壊あるいは抑制すると、社会的敗北ストレス(ラット間の上下関係による社会心理ストレス)によって生じる熱産生、体温、脈拍、血圧の上昇がいずれも強く抑制されました。また、ストレスを受けたラットは通常、自分を攻撃した個体(ストレス源)から逃避しますが、興味深いことに、この神経路を選択的に抑制すると積極的にストレス源の個体と交流するようになりました。

こうした実験結果から、私達が発見した大脳皮質—視床下部の神経路は、「心」と「体」の脳領域をつなぐことで心身相関を実現し、心理ストレスによる交感神経反応やストレス逃避行動を起こすための重要な仕組みであることが明らかになりました。この成果は、様々なストレス関連疾患の症状を抑える治療法の開発につながるものと考えられます。

A central master driver of psychosocial stress responses in the rat.  Kataoka N, Shima Y, Nakajima K, and Nakamura K. Science367(6482): 1105-1112, 2020. https://doi.org/10.1126/science.aaz4639

 

心身相関の神経回路。心理ストレスや情動の信号は大脳皮質・辺縁系の「心」の神経回路で処理され、内側前頭前野の最深部(DP/DTT)で統合される。統合された信号は、交感神経系の制御を行う視床下部背内側部へ伝達され、その後、延髄ならびに脊髄を経て交感神経系を活性化する。この信号伝達によって、褐色脂肪組織における熱産生を惹起して体温を上昇させるとともに、心臓の拍動を速め、また、血管を収縮させることによって血圧を上昇させる。さらに、未知の経路を介して運動神経系を駆動し、ストレス逃避行動を起こす。