122. 酵素タンパク質CaMKIIの神経発達障害を起こす突然変異体を発見

脳の神経細胞にたくさん存在するCaMKIIは、神経細胞どうしの情報伝達を良くするはたらきを持ち、学習や記憶をする際にも必要な酵素タンパク質です。私たちは、原因がわからなかった神経発達障害を持つ976人の患者さん方にご協力いただき、全員の遺伝子をすべて調べたところ、5人の患者さんでCaMKII遺伝子の突然変異が見つかりました。5人の患者さんは生まれつき運動と知的な発達の遅れを認め、4人にはてんかん発作も認められました。神経が情報を伝えていないときにはCaMKIIのはたらき(酵素活性)は抑えられていますが、患者さんでみつかった変異CaMKIIは神経が情報を伝えていないときでも酵素活性が少し高まっていました。また、変異CaMKIIの影響を受けてカリウムイオン(K+)を通すKv4タンパク質が増え、もともとは神経細胞の中に多いK+が外へたくさん流れ出していました。K+がたくさん外に流れ出すと、神経の情報伝達が妨げられます。CaMKIIが変異した患者さんでは、K+の流出により神経細胞どうしの情報伝達が悪くなったことで、学習や記憶、そして脳内全体の情報伝達もうまくいかなくなっていると考えられます。

De novo variants in CAMK2A and CAMK2B cause neurodevelopmental disorders.

Akita T*, Aoto K*, Kato M* (*equal contribution), Shiina M, Mutoh H, Nakashima M, Kuki I, Okazaki S, Magara S, Shiihara T, Yokochi K, Aiba K, Tohyama J, Ohba C, Miyatake S, Miyake N, Ogata K, Fukuda A, Matsumoto N, Saitsu H(corresponding authors).

Annals of Clinical and Translational Neurology 5(3):280–296, 2018.

 日本生理学会HPサイエンストピックス図(和文用)

 [左:正常CaMKIIの場合]たとえば一度学習したことを、次に素早く行えるようにするためには、CaMKIIの酵素活性により、学習中に他の神経細胞①から情報を受け取った場所(スパイン②)が大きくなって、神経細胞どうしの情報伝達が良くなる必要があります。CaMKIIは、学習中にスパインとそれにつながる樹状突起上を情報が繰り返し流れたときに③、その情報が流れた樹状突起内で活性が高まり、そのCaMKIIがスパインに入って働くことで④スパインを大きくします。また、CaMKIIはK+を通すKv4タンパク質⑤を樹状突起に増やして、K+の細胞外への流出を促す働きもあり、このK+の流出は情報の流れにブレーキをかける作用があります。

[右:変異CaMKIIの場合]患者さんが持つ変異CaMKIIは、神経に情報が流れていないときにも活性が少し高まっており、それにより予めKv4を介するK+の流出が樹状突起で増えています⑥。その結果、学習中に樹状突起上を情報が流れにくくなり⑦、スパインに入るCaMKIIの活性が十分に高まらないためにスパインが大きくなりにくく⑧、神経細胞どうしの情報伝達が良くならないと考えられます。