105. 一次元水分子列を流れる水素イオンの整流性:ナノ試験管としてのイオンチャネル

 水中の水分子はお互いに鎖でつながれ(水素結合)3次元の網目を作っており、水素イオン(H+)はこの網目の上をどの向きにも自由に移動することができます。それでは、水分子が一列に並んだ一次元の水の中をH+はどのようにして流れるのでしょうか。この課題は化学反応として解明されることが期待されているだけではなく、生命科学でも重要な意義があります。生体にはチャネルという物質が多種類存在し、H+が流れるものをH+チャネルと呼びますが、その仕組みは十分に分かっていません。チャネルには水分子が一列に並ぶ細孔があり、ここをH+が通ります。逆に言うと、このチャネルは水を一列に並べるためのナノ試験管として利用できるのです。今回、H+チャネルを膜に埋め込み、H+流を測定しました。その結果、H+の流れが向きによって速さが異なることを発見しました。これを整流性と呼びます。それによって整流性の分子機構を明らかにすることができました。これらの成果は生体のH+チャネルの仕組みを理解するだけではなく、燃料電池などに使われるH+を流すための膜を開発する上で広く利用される可能性があります。

 

3次元vs1次元水図1.溶液中の3次元水分子ネットワークとチャネル内1次元水分子鎖を流れる水素イオン。水分子は水素結合によってお互いにゆるく繋がっている。H+は水中ではH3O+として存在し、水素結合鎖をジャンプし、3次元ネットワーク上をどの方向にも自由に移動できる。一方、チャネルの細孔の中では水分子は一列に並んでいる。H+が1次元水分子鎖を流れるには様々な制約がかかる。H+が流れた後、一列の水分子はすべて向きを元に戻さないと次のH+を受け入れられない。実験の結果、細孔を流れるH+は向きによって流れの速度が異なることが明らかになり、その原因は水分子が一方の向きに反転しやすいためであることがわかった。

Matsuki, M. Iwamoto, K. Mita, K. Shigemi, S. Matsunaga, S. Oiki: Rectified proton grotthuss conduction across a long water-wire in the test nanotube of the polytheonamide B channel. J. Am. Chem. Soc. 136, 4168-4177, 2016