096.心理ストレスによる体温上昇を駆動する脳の神経経路

哺乳類が心理ストレスを受けると様々な生理反応が生じます。例えば、体温、脈拍、血圧などが上昇するのは、典型的なストレス反応です。こうした反応は、天敵に狙われるなど、動物が生命の危機に直面した際に、身体能力を向上させて生存に有利に働くという生物学的意義があります。しかし、現代の人間社会では、過剰な心理ストレスが原因のストレス疾患に苦しむ人が増えています。特に、ストレスによって慢性的な高体温が続く心因性発熱は解熱剤が効かず、治療が困難となっています。こうしたストレス反応や疾患を生み出す脳内の仕組みはわかっていません。

私達は、社会心理ストレスモデルである社会的敗北ストレスをラットに与え、それによって生じるストレス性体温上昇反応を駆動する中枢神経回路を解析しました。まず、社会的敗北ストレスを受けたラットでは、褐色脂肪組織で熱が産生され、体温が上昇することがわかりました。そこで、ストレスを与える前に、視床下部の背内側部あるいは延髄の縫線核に微量の薬物を注入して、その場所の神経細胞の活動を抑制したところ、ストレスを与えても熱の産生と体温の上昇が起こらなくなりました。この実験結果は、視床下部背内側部と延髄縫線核という2つの脳部位の神経細胞がこのストレス反応の発現に機能することを示しています。延髄縫線核については、私達がこれまでに、褐色脂肪熱産生の指令を交感神経系へ送り出す役割を担うことを明らかにしています(Nakamura et al.J. Neurosci., 24:5370–5380, 2004)。

次に、組織化学的な解析を行った結果、視床下部背内側部から延髄縫線核へ軸索を投射する神経細胞がストレスに反応して活性化することがわかりました。そこで、視床下部背内側部から延髄縫線核への直接の神経伝達を光で活性化すると、ストレス反応に似た、褐色脂肪熱産生や脈拍・血圧の上昇反応が生じました(図A)。

こうした実験から私達は、視床下部背内側部から延髄縫線核へのストレス信号の伝達が、心理ストレスによる体温上昇や頻脈などの自律生理反応を駆動することを明らかにしました(図B)。私達はまた、視床下部背内側部からストレスホルモンの分泌に関わる視床下部室傍核へストレス信号を伝達する神経細胞群も発見しました。視床下部背内側部はストレス信号を交感神経系だけでなく内分泌系へも出力する中枢であると考えられます(図B)。

今後、この研究をさらに発展させ、脳内でストレス信号が生み出される仕組みを解明し、心因性発熱など様々なストレス疾患の根本的治療法の開発に結びつけたいと考えています。

Kataoka N, Hioki H, Kaneko T & Nakamura K (2014) Psychological stress activates a dorsomedial hypothalamus–medullary raphe circuit driving brown adipose tissue thermogenesis and hyperthermia. Cell Metabolism 20(2):346-358 (2014).
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