大学の将来と日本生理学会の役割 (本間研一)

北海道大学医学部第一生理 本間研一

 昨今、生理学のあり方が日本生理学会を中心に論議され、この巻頭言にも話題として度々登場してきた。様々な問題が提起されているが、その背景は必 ずしも単純ではなく、明らかに次元の異なる論議も包括されている。例えば、同じ生理学を話題にしても研究と教育ではかなりニュアンスが異なるし、ましてや 生理学会の活性化や生理学の呼称問題となると、関連はしていても同じ土俵では語れない。さらに、これらの問題は現在進行中の大学改革を抜きにしては考えら れないが、これに関してはあまり論議がない。  衆知のごとく、平成の大学改革は教育や研究の「内在的必然性」や「理念」から出た自発的なものではなく、人口問題や経済問題から発した政策的側面が強 い。競争原理の導入、「社会」への貢献、多様な教育形態などが強く叫ばれているのもこれと無関係ではなく、結局は限られた資源をどのように分配するか、分 配した資源をいかに有効に活用するかの問題に尽きる。

問題の捉え方や対処の方法も立場によって一通りではない。現在、大学は、大学院を重点化し大学院教育を中心におく方向、学部教育を重視する方向、 そしてその折衷的方向と分化しつつあるが、生理学教育や研究に対するスタンスも微妙に異なっている。例えば、大学院が重点化された大学では、学部生に対す る基礎教育は生理学に係わらずコアー部分にとどめ、教育の力点を大学院にシフトさせつつある。生理学の最先端は大学院で教育しようと。一方、学部教育を重 視する大学では少人数教育やチュートリアル制を導入していく。これは、見方によれば大学の区別につながるものであるが、教育負担を役割負担で軽減しようと いう苦肉の策でもある。

重点化された大学の問題点は、卒業生の需要(就職口)が増えてないにも係わらず大学院定数が2倍近くに増加したこと、にもかかわらず教官数増はほ とんど無いことである。また、自校の卒業生だけでは定員は埋まらず、他学部や他大学、あるいは社会人の入学が前提になっていることも重要なポイントであ る。大学院の定員は、教授1、助教授1、助手1、助手2の基本的な講座で8名である。その他、研究生や留学生、臨床教室から派遣された大学院生などが加わ ると、おのずから研究内容や教育方法に制約が出てくる。マンツーマンよる従来型の研究方法ではもはや十分に対応できず、講義や実習を主体とした技術講習と その応用にシフトしていかざるを得ない状況も生まれるだろう。また修学の目的が必ずしも職業的研究者になることではなく、技術や学歴の取得、リフレッシュ 教育など多様になり、それらの要望に答えるカリキュラムを用意しなくてはならなくなるかもしれない。また、卒業後の進路も問題となる。研究職希望者のう ち、自校で教官職を得ることのできるのはごく一部で、後は留年か学術振興会の特別研究員などで時間を稼ぐか、他に就職を求めるしかない。一方、学部教育に 重点をおく大学では、後継者を育成することが益々困難になることが予想される。  この様な現状に加えて、医学部では卒後2年間の研修医の義務化問題があり、また大学の行政法人化後の将来像はまったく不透明である。この時期を乗り越え るには、生理学教育問題にしても後継者育成問題にしても、教室あるいは大学単独で対応することはかなり難しくなっており、複数の教室や大学が地域単位ある いは共同研究を通して共同で生理学教育を行い、あるいは後継者を育てる工夫が必要になるかもしれない。これらの問題に関して、早急に生理学者のコンセンサ スを確立し、その為に便宜をはかれる機関があるとすれば、それは日本生理学会以外ではないだろう。