旭川医科大学生理学第一 黒島晨汎
知恵の女神ミネルバの死者梟が夕暮れに飛翔するのであれば、学生にとって生理学の定義は講義の終了した時点で自ずから理解されると思っても、講義 の初めに生理学とはと、つい口が滑る。恐らく今までになく最近生理学のレゾン・デートルなるものが議論される機会が多くなったせいであろう。その理由は遺 伝学、分子生物学の成果が生理学の分野に還元主義的発想を台頭させた結果、生理学の独自性が問われるようになったことにあるようである。特にカリキュラム 大綱化、大学院大学などの教育制度改革の中で医学の教育研究単位の名称から生理学という単独称が消えつつあるのはそのためであろう。しかし生理学の目指す ものはベルナールが「実験医学研究序説」(1865) で“科学的医学の基盤は生理学にあり”と喝破して以来いまも変わっていないのではないか。それは生体の包括的な機能、換言すれば生体機能の内的論理の究明 にある。具体的にはStarling, E. H. (1912)のPrinciples of Human Physiology の第13版(Davson, H. & Eggleton, M. G. 改版編集、1962)の“It (physiology) now signifies the study of the phenomenon presented by living organisms ; the classification of these phenomena, and the recognition of their sequence and relative significance ; allocation of every function to its appropriate organ ; and the study of the conditions that determine each function.”という記述に付け加えるべきものはないと思うが如何だろう。そしてすべての道がこの生理学というローマに通じるのなら、君は果敢にゆ くべきであろう。生理学は彼女(氏)なしでは済まされないのに、一緒にいるのを公には見られたくないような状況を思わせるような目的論でも、単純であると いわれる決定論でも、分子生物学手練でもすべてを受け入れることができる限りない容量を有していると考えられないだろうか。なぜならすべての道は“からだ の知恵”を究明する生理学に通じているのだから、それらの道を草むさせることなく我々は生理学を目指さなければならない。生理学の未来は正しくこれらの道 を如何に整備して多くの人々が自由に自分のペースで通れるようにするかに懸かっている。知恵が“understanding of what is true, right, or lasting”(The American Heritage Dictionary of the English Language)ということならば、われわれはこのような“生理学の知恵”によってこそ、もう一つの知恵“capacity of judging rightly in matters relating to life and conduct” (The Oxford English Dictionary) ; ability to discern inner qualities and essential relationships (Webster’s 3rd New International Dictionary)としての“からだの知恵”を解明することができるのだといいたい。そのために我々はあらゆる方法と手段を行使することが求められて いるように思うし、それが可能な時代にいるといえる。生理学はこのような時代の状況をあるがままに受け入れ、クロストーク的発想を駆使することに生理学の 未来が懸かっていると理解したい。
しかしこのような生理学の意義が如何に医学で重要であり、その世界が如何に魅力的であるかを若き学徒が理解して、そこに参加して貰うためには、生 理学の現役の研究者であり、かつ教える立場にいる我々が、少なくとも自分の専門分野について大いに語り、学生を魅了するとともに、できるだけ広い層の人々 の支持が得られるように努めなければならない。また生理学を学び専攻する人材のあらゆる面(経済、発表の機会、職など)での支援について積極的な方策を工 夫することが重要と考える。しかし差し当たり私ができることは生理学を教えることは希望を語ることでなければならないと深く感じている昨今である。
“Il nous faut reconnaitre que ce qui caracterise une science, c’est le probleme qu’elle poursuit.*(一つの科学を特徴づけるものは、その科学が追求する問題であると認識するべきである。)・Claude Bernard・”
*フランス語の引用の箇所は、WEBのフォントでは正しく表示できない文字があることをお詫び申し上げます(WEB担当者)。