札幌医科大学医学部生理学第二講座 青木 藩
今度、本誌編集幹事より巻頭言の執筆依頼を受けた。この巻頭言がもうけられて(平成7年、57巻2号)以 来、これまでに数十名の諸先輩、諸賢の格調高い文章が巻頭言のページをかざってきた。この企画の趣旨は、周辺諸分野の発展と共に現在の生理学のあり方が問 われている。したがって今後の研究領域はどのようになるのか、生理学会はどうあるべきか、医学教育の中での生理学のあり方はどうな、など生理学の将来像を 描いてみるということである。
今度、あらためてこれまでの巻頭言に一通り目を通してみると、上記の趣旨に沿って、もっとも御意見あるいは提言などが述べられていて、重要な点は ほとんど網羅されているように思われる。多くの方が共通して指摘している事は、最近の目ざましい分子生物学の発展の中で、従来の伝統的な生理学会あるいは 生理学研究の相対的な地盤沈下、停滞に対する危機感と再活性化の必要性である。また、生理学教育の抜本的改善と若手研究者の育成の必要性が指摘されてい る。私もこれらの諸卓見には同感し、肯定する点が多い。これまでの巻頭言との重複をさけて、あえて指摘するとすれば、すでに栗原教授により、「生理学と生理学教育」(57巻10号、平成7年)の中で触れられてはいるが、生理学教育における学生実習の重要性であろう。
最近、多くの医科大学、医学部のカリキュラム改正で、単位制の導入、総合講義、器官別講義など新しい試みがなされつつある。しかし、生理学実習に ついての抜本的改善にはあまり目が向けられていないのではなかろうか。一般論としては生理学教育の中での生理学実習の重要性は認識されていると考えられ る。自分の経験から言って、実習では生理現象の観察から始まり、得られたデータの処理・解析を通して、生体機能の総合的理解、体系的知識の獲得などの点 で、非常に効果的である。したがって、学生に生理学への興味を持たせ、将来の生理学研究の後継者を育成する上からも生理学実習は重要的な教育課程であると 考えられる。日本生理学会でも以前より生理学実習の意義を重視し、すでに日本生理学会教育委員会の立派な実習書(1977年初版、1983年改訂、 1991年新・生理学実習書)が刊行されている。しかし、この実習書の項目が、各大学の生理学実習の中で、どれだけ実施されているかが問題である。実習の 実施に当たっては、時間数、設備、指導教員数など種々制約があり、多数の重要な実習項目から、一部を選択して実施せざるを得ないというのが実状ではなかろ うか。私共の医学部の生理学実習では1回3時間で、予備を含めて15回、総計45時間の中で11項目実施している。そのためには、教授自ら陣頭に立ち助手 に至るまで全教員が総出で、それぞれ1テーマを担当し、どうにか実施しているという状況である。これでは学生がじっくり時間をかけて自ら実習するという訳 にはいかず、指導教員によるデモンストレーション的実習になってしまう場合もある。学生実習の改善、充実には、カリキュラム改正時に実習時間を多くするこ と、指導教員の増員、機器設備の充実などが必要となるが、どれをとっても今すぐには実現困難である。改善策の1つとして、私共の医学部でも今年度から取り 入れた、大学院生をティーチングアシスタントとして活用する事が挙げられる。指導教員の監督下に大学院生が実習グループを担当し、教えながら自ら学ぶとい うことで、将来の教員・研究者となる上でのトレーニングの機会にもなる。また、この制度を更に充実発展させれば、生理学教育・研究の活性化にも役立つと期 待できる。しかし、各大学における改善の努力にも限界があり、生理学教育における生理学実習の意義については生理学会においても充分に論議し、抜本的改善 の方策を考えるべき時ではなかろうか。