基礎科学としての生理学 (神田健郎)

東京都老人総合研究所中枢神経部門 神田健郎

 巻頭言を書くようにとの依頼を戴き、思いも掛けないことなので驚いた。私にそんな ものが書けるのかと、思案しているうちに時間が経ってしまい、断ることも出来なく なってしまった。とまれ、普段考えていることを纏めてみることにした。西欧におい て発達した近代合理主義の下で、科学は急速な進歩を遂げて来た。その要素還元論の 立場に立てば、分子や個々の細胞の働きとその相互の作用から個体の行動や記憶、認 知などの高次の脳機能が理解できることになる。その意味では、分子生物学や分子遣 伝学の発達は我々に強力な研究手段を与えてくれたことになる。そこで、生理学で大 切なのは、上位のシステムの働きが下位のシステムの機能からどの様に説明できるの かの視点であり、全体が単なる部品の総和以上のものであるなら、そこにどの様な原 理・原則が働いているのかを明らかにしていくことであろう。ただ、分子から脳の高 次機能までの道のりの遠さと広がりの膨大さを考えると、これを理解するには新たな 概念が必要になって来るものと思われる。一方、カオスや量子現象から脳を理解しよ うとするアプローチも試みられているが、現段階では、前者の立場の人が大部分だろう。

さて、生理学会は設立当初から、その運営システムにおいても、また、大会における 研究発表の形態の上でも、会員個人を皆平等に扱おうとして来たとのことである。時 代と共に社会の要請が変わり、組織が大きくなると、変革を迫られている面もあるが 、個人を尊重するという点は、科学の発展が本来個人の独創性に拠っている事を考え ると大切なことと思う。大学の貧困、研究費の不足に対して大型プロジェクトが次々 にスタートするようである。絶対的な研究費の不足、研究機器の大型化・高額化を考 えると歓迎すべきことである。また、適当なテーマの下に比較的短期間に成果を上げ るべく、そこに力を集中する意義は大きい。しかし、増額分が全て大型ブロジェクト に廻ってしまい、それに研究領野が集約されてしまうようでは問題である。現在の時 流には乗っていなくとも、大型のブロジェクトにそぐわなくとも、独創性に富み、且 つ、価値ある仕事をしている人がいるはずである。この様な中からも次の代を担う研 究者と研究が育って来る可能性がある事を忘れてはならない。新しい芽を如何に育て るかが重要である。この様な観点に立てば、科学研究費(総合研究・一般研究)の枠 を広げ、採択率を上げると共に、それほど高額でなくとも、3年間同額の支給を受け られるようなものもあると良いのではないか。また、若手中心の総合研究を奨励する 事も、自由な発想の下での研究活動を広げる点で有効であろう。審査員には、先入観 に捕われない、先見性のある判断が要求されることは当然として、その数を増やして 判断が特定の領域に偏らないようにすることも必要ではないか。勿論、研究者には、 より普遍性の高い法則を見出だすためには何が重要で、何が重要でないかを判断でき る力と、それに沿った研究テーマを選ぶことが要請されている。独りよがりの研究で は困るのである。その点研究費審査の結果が、何らかの形で申請者ヘフィードバック ざれる必要があると思うのだが如何だろうか。高い山(大型ブロジェクト)を支え、 継続して新たな山を打ち立てていくには、広く且つ多様性に富んだ上質の裾野が不可 欠だ。

若い人を生理学に引きつけ、裾野を広げるという点では、高校生以下の低年齢層や一 般の人たちを対象とした啓蒙活動にももっと積極的であるべきだろう。中学や高校の 時に読んだ本や雑誌の記事がきっかけとなって生理学研究の道に入ったという人も居 られると思う。また、生理学会として、積極的に関連領域(分子生物、臨床など)の 人々を引きつけていくようにしなければならない。そのためには、学会におけるシン ポジウムのテーマの設定に工夫を凝らす等の努力が必要であろう。