昭和大学歯学部生理学教室 半場道子
1993年の国際生理学会の折に刊行されたThe logic of lifeには、生理学の次のステ ップに向けての多彩な挑戦が述べられていた。今後、生理学の研究テーマも実験方法 も大きく変化し、それに伴って優秀な人材を如何に確保・育成していくかが、ますま す問われるものと予想される。若手研究者の育成や生理学教育のあり方が、緊急課題 として巻頭言に提言されていたが、この10年間の医、歯、獣医学部における女子学生 数の比率を見ると、17%から26%に、19%から30%に、29%から50%にそれぞれ増加 している(文部省平成7年度調査)。生理学を志す研究者数にこの比率が反映すると 推測されるので、女性研究者の育成についても検討頂くべき時期と思い、学会員3442 名のll%(1995年3月末で378名)を占める女性会員の現状と、将来の課題について述 べさせて頂く事にした。
研究者に男・女の区別はないにもかかわらず、何故女性研究者かと疑問を抱かれる かもしれないが、出産、育児の使命を持つ女性研究者のライフサイクルが男性とは異 なっており(科学1985)、それがために研究環境、採用、昇進に大きな差異が生じて いるからである。現在、生理学会女性会員の地位別比率を大きい順に並べると、定職 なし(大学院生・引退を含む)34%、助手30‰、講師9.3‰、技官8.7‰、助教授6.6 %、教授(短・看・その他を含む)6.6%となり、自立した研究者と目される講師以 上の層が少なく、補助的役割の大きい定職なし、技官、助手の3ランク合計が73%を 占めている。採用される事の難しさを示す最多層では、科研費の申請が出来ない事も 重なって、優秀な資質を持った研究者がやがて離脱し、学会の底辺が拡大しない要因 になっている。 海外でも女性研究者の問題は、実験に長時聞の努力傾注を要する分 野ほど大きく、Science(263、1993)は自然科学における女性研究者の困難な現状と 、それに対する各国諸学会の取組みを特集で報じている。米国生理学会(APS)では 女性会員の比率は日本とほぼ同数(12%)であるが、最も数の多い地位が助教授、次 いで教授と講師層が同数で3ランク合計が女性会員の40%以上を占め、学術誌編集者 や政府委メンバーなど活発な活動を示している。日米の両者を比較する時、国による 社会環境・職制上の相違を割引いても、なお大きな格差が感じられる。APSでは、女 性が研究から離脱する時期への支援策、研究者や学生に助言や励ましを与えるmentor 制度などを通して優秀な人材の確保を図り、好結果を得たとしている。
私達は昨年女性研究者の会を作り、互いの協力で研究環境の向上を図りたいと考え 、女性会員の現状の統計調査に着手したところである。女性研究者の問題には社会構 造上のひずみが大きく含まれる事は確かであるが、学会としても海外諸学会の取組み の例にならって、女性の能力を伸ばし活用する方向に、具体的な対応策をお考え頂け るよう願っている。基礎医学の研究者養成には長い期間がかかり、また自然科学分野 の今後の人材不足も危惧ざれているだけに、緊急に考慮されるべき事柄に加えて頂き たい。生理学が厳しい課題を課せられた現在こそ、出身学部や性の違いに拘泥せず、 制度を活かし、時には制度も乗り越えて新しい研究体制を再考すべきであり、その事 が生理学を魅力ある学問として、学生や若手研究者を惹きつけることになると考えて いる。