定年退職にあたって思うことごと (久保田 競)

京都大学霊長類研究所行動神経研究部門 久保田 競

 「巻頭言」が始まって、9人の方が日本の生理学または生理学会のあり方について 、意見を述べられた。意見はほとんど出尽くしたように思える。本文を執筆するにあ たって、読み返してみたが、書きたいと思ったことは、すでに語られていた。そこで 私は、私の生理学研究で経験したことで、こうあって欲しいと思うことを書いて責め をふさぎたい。

昭和30年頃から生理学会大会に出席するようになった。神経生理学を志し、研究の 成果の多くは日本生理学大会で発表した。しかし、論文を日本生理学雑誌やJap. J. Physio1. に発表したのは僅かで、アメリカの生理学会のJ. Neurophysiol. に発表し た論文が一番多い(ちょっと今朝数えてみたら20編、あと1ケ月で辞職するが、これ 以上増えないだろう。しかしこの数は私が密かに誇りとしている)。ついで多いのが 、日本神経科学会のNeurosci. Res. である。35年前にアメリカに留学し、アメリカ の生理学会でも発表し、学会誌に論文を発表し、今はアメリカ生理学会の会員でもある(特典としてアメリカ生理学会の出版物が安く買える)。

生体の営みでは「働き」が基礎にあり、それを可能にする構造があり、それを実現 する分子の働きがある。生理学は働きを研究する学問であり、その他の学問分野はす べて、補完的な役割を果たす。働きの研究の第一は、細胞がどう働くかであり、分子 の細胞内外でのやり取りが研究される。細胞集団での研究も童要で、システムとして 、生体全体として、調べなければならない。それが統合作用であり、神経系の果たす 役割の研究が欠かせない。

日本生理学会は末だに生理学の同好者の集まりで、任意団体である。早急に法人化 して、社会で認められる存在とならなければならない、生理学を通じて、日本人の生 活をよくするために、すべきことはいろいろと考えられるが、社会で認められた存在 ではないとやりにくい。

生理学の教育を医学校その他で責任をもって行わなければならない。私が接した多 くの臨床医は、神経系を専門にする場合でも、教科書に書かれている神経生理学の知 識が少ない。教育の仕方が悪い点を反省して、努力する必要がある。生理学者を養成 するシステムがよくない。国際的に通用する生理学の専門誌に研究を発表できる若い 生理学者が養成されていない。秀れた生理学研究者になれる若者を、生理学研究機関 に引きつけ、研究できる条件を与え、秀れた研究をしてもらうために、しなければな らないことは、いろいろとある。大学院制度を改良し、学位を出す制度をよくしなけ ればならない。日本生理学会の会員で、ノーベル医学・生理学賞を受賞する人を何時 になったら創れるだろうか。心もとない。有能な若い人に生理学の研究ができるよう 、やるべきことはいろいろある。

20世紀末の日本は高齢化社会で、老人の生理学者も増えている。定年で生理学の職 場を離れても、研究ができるような制度が必要ではないか。63歳の私でも、まだ人並 の研究が出来る力があると思っているが、現状は、研究できないようにいろいろとし 向けられている。定年で止める人に研究費を与えなくてもよいと思っている生理学会 の会員が多い。これは差別で、研究成果のあげられる人に研究費が行きわたるように すべきであろう。岡崎にある生理学研究所は、組織上、直接、日本生理学会と関係な い。しかし研究の面で、もっと協力関係をつくり、そのことが会員に知られるように なった方が、日本生理学の研究は進むと思われる。

以上、今思いついている、重要点を記した。