110. K+チャネルを通るイオン透過におけるナノ空洞の生理的重要性

K+チャネルは生命に必須な膜タンパク質であり、これを介して細胞内外をK+イオンが移動することによって神経での伝導が実現されています。したがって、イオンがK+チャネルを透過する仕組みを理解することは、生理機能の解明に重要な意義があります。K+チャネルのイオンの透過路には、主に二つの部位があります(動画)。一つ目は選択性フィルタと呼ばれる最も細い部分です。二つ目はナノ空洞と呼ばれるやや広い部位で、これは選択性フィルタと細胞内溶液をつないでいます。従来の研究では、イオンが選択性フィルタに入ることでその中に既に入っている別のイオンを押し出し、それによってイオン透過が起きると考えられていました(ノックオン機構)。また、ナノ空洞は細胞内溶液のただの延長のように想定されていました。しかし、我々はコンピュータを用いたシミュレーションによって、このような従来の考えを覆すイオン透過の仕組みを原子レベルで初めて突き止めました。まず、ナノ空洞にはせいぜい1個のイオンしか存在しないことが分かりました。さらに驚くべきことに、イオン透過の速さを決めているのは最も細い選択性フィルタに入る過程ではなく、やや広いナノ空洞に入る過程によることも解明しました。ナノ空洞は、多くのチャネルに見つかっています。この研究は、そのような空間がチャネルのイオン透過に極めて重要であることを初めて示したものです。

 Digitalized K+ Occupancy in the Nanocavity Holds and Releases Queues of K+ in a Channel. Sumikama T, Oiki S. J. Am. Chem. Soc. 138: 10284-10292, 2016.

 

K+チャネルでのイオン透過。選択性フィルタには通常2個のイオン(青と緑の球)が存在する。この動画は次にK+チャネルに入るイオン(赤い球)がナノ空洞に到達するまでの間、ナノ空洞は空であることを示している。