日本生理学雑誌 第72巻 6号

CONTENTS

表紙の説明


クリックで拡大

Cover Story:

XXXVI International Congress of Physiological Sciences(IUPS2009)
(兼第86 回日本生理学会大会)
演題番号:P3PM-23-8
演題:“Mechanism of olfactory masking in the sensory cilia”
演者:竹内裕子1,石田浩彦2,引地聰2,倉橋隆1
所属:1 大阪大学大学院生命機能研究科,2 花王株式会社香料開発研究所
ある匂いが他の匂いによって感じなくなる現象をマスキングといい,太古の時代から人間は日常的に使用している.しかし,その分子メカニズムはこれまで不明であった.今回の実験で,嗅覚神経細胞レベルでのチャネル電流抑制とヒトが感じる匂いのマスキング効果が高い相関を持ったことから,嗅覚マスキングのメインシステムがCNG チャネルレベルにあることを明らかにした.
A 嗅覚神経細胞シリアの可視化.蛍光物質であるルシファーイエローを導入し,直径100 nm の円錐形シリアを可視化した.シリアは嗅覚神経細胞において,唯一情報伝達の場であり,受容体からチャネルまでの因子を全て兼ね備えている.コンフォーカル顕微鏡とROI 機能を使用し,四角の部位内のみをレーザー光(UV)で局所的に照射し,局所的なcAMP 生成,電流応答を引き起こすことが可能である.
B ヒトを取り巻く匂い環境を再現し,細胞レベルで実証した.シリンジ内で揮発した匂い物質(ジヒドロミルセノール)を無臭のRinger に吹きかけて溶かし込んだ溶液を作成した.これは匂い物質が鼻腔粘液層に溶け込んだ後に,シリアに到達する状況を再現している.匂い物質が溶け込んだ溶液での刺激時のみ応答電流の減少が見られた.
C 細胞レベルでの匂い物質によるCNG チャネル電流の抑制率と熟練した調香師によるヒト嗅覚での匂い抑制効果との相関.単一細胞レベル(末梢第一次)とヒトによる判断(高次中枢)での結果は相関係数(R)=0.81 という強い正の相関が見られた.
D 嗅覚神経細胞シリアにおける嗅覚受容カスケード模式図.R:嗅覚受容体,Golf:嗅覚特性G タンパク質(α・β・γ サブユニット),AC:アデニル酸シクラーゼ,CNG:サイクリックヌクレオチド感受性陽イオンチャネル,Cl (Ca):カルシウム依存性クロライドチャネル,Ca2+-CAM:カルシウム-カルモジュリン複合体.黒線は,通常の匂い応答情報伝達 カスケード.赤線は,シリア内のCa2+とCAM によるネガティブフィードバックである「olfactory adaptaion」.青線は,匂い物質自体による応答電流減少となる「olfactory masking」.CMG チャネルはadaptation・masking の両方を引き起こす情報変換修飾部位であり,Cl(Ca)チャネルは生じた電流の増幅を引き起こす信号増幅部位となる.シリアに発現している2 種類の情報変換チャネルは互いに異なる役割を担うことで,高効率化されたシステムを確立している.