日本生理学雑誌 第71巻 9号

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XXXVII International Congress of Physiological Sciences ―IUPS 2009―
日本生理学会大会(京都)
No. P1PM-14-1(02288)
Signalling mechanism involved in muscarinic responses of bovine ciliary muscle studied using YM-254890, an inhibitor of the Gq/11-protein
「Gq/11 蛋白阻害剤YM-254890 を用いたウシ毛様体筋のムスカリン性刺激への応答に関与する信号伝達機構の研究」
演者: 安井文智, 宮津基, 高井佳子, 高井章
所属: 旭川医科大学, 生理学講座, 自律機能分野

副交感神経支配の平滑筋である毛様体筋は, 伝達物質アセチルコリンによるM3 型ムスカリン容体 (M3R) 刺激に応じて速やかに収縮し (初期相;initial phase), それを長時間にわたり安定的に保持する (持続相; tonic phase) という特性をもち, そのことが迅速で安定な目の光学系の焦点調節を可能にしている. 両相とも主要な調節因子としてCa2+を必要とするが, その動員は,初期相では筋小胞体 (SR) からの放出により,持続相では少なくとも2 種類の非選択性陽イオンチャネル (NSCC) を通った細胞外からの流入によってなされる. 一般に M3R 受容体刺激に対する細胞の応答は Gq/11 型の三量体性GTP 結合蛋白を介して細胞内に伝えられる信号により引き起されるものと考えられているが, 信号の流れの詳細については不明の点が多く残されている. YM-254890 (YM; 図A) は,ある種の Chromobacterium 属の細菌の産生する環状デプシペプチドで, Gq/11 のα サブユニットに特異的に結合し その信号伝達機能を失活させる性質を持つことが報告されている. われわれは, ウシ毛様体筋において, カルバコール (CCh) によ るM3R 受容体刺激に伴って起る,  張力, 膜電流, 細胞内Ca2+濃度 [Ca2+]iの変化のすべてが 10nM~1μM の YM  により濃度依存性に抑制されることを観察した (図B, D および E). また, M3R から Gq/11 を通って細胞内に流れる信号の一部は RhoA/Rho-kinase 系を活性化し, 毛様体筋の収縮持続相の安定化に寄与していることを示唆する知見を得た (図C およびE).
A ,YM-254890 (960.08 Da) の化学構造. B , ウシ毛様体筋束における等尺性張力記録. 500nM の YM  はCCh により引き起される収縮の両相を完全に抑制した. 筋のCCh に対する応答性は YM  の洗い流しとともに時定数140 分という遅い時間経過で回復した (図省略). C , Ca2+イオノフォアであるイオノマイシンは緩徐な持続的収縮を発生させるが, そのプラトーレベルはイオノマイシン濃度を [Ca2+]i を飽和レベルにまで高めることの知られている 10μM まで上げても, CCh のみにより起される収縮持続相の半分程度にしかならない. そこで CCh を添加すると 張力ははじめて CCh  による持続的収縮レベルまで高まった. YM (0.5μM) はこのCCh 添加による張力増加分だけを抑制した. D , 単離毛様体筋細胞におけるCa2+指示薬として Fluo-4 を用いた[Ca2+]i 記録. YM (5μM) は,CCh (2μM) によって引き起される [Ca2+]i 上昇の初期ピーク (上) とそれに続くプラトー (下) のいずれをも完全に抑制した. E , ウシ毛様体筋の張力調節に関与する M3R/Gq/11 経由の信号の流れ.実験結果に基づく模式図.