178. 心臓のミクロ世界に「カオス」が隠れていた!―秩序とゆらぎが生み出すリズムの秘密―

私たちの心臓は規則正しく拍動することで生命を支えているが、そのリズムはミクロの世界では意外な仕組みで支えられている。中部大学の新谷ら研究グループは、心筋細胞内の筋肉の最小単位「サルコメア」を温めると、自発的に高速で振動する現象(HSOs)を発見した。この振動は一見すると無秩序な「カオス的ゆらぎ」を含むが、細胞全体ではきちんとした周期リズムが維持されるという不思議な性質を持っていた。この現象は、細胞が意図的に小さな「ゆらぎ」を取り入れることで、環境変化に柔軟に対応できる仕組みだと考えられる。今回、この現象を『ケイオーディック・ホメオダイナミクス』と名付け、細胞がカオスを積極的に利用していることを初めて証明した。心臓の病気の予兆を早期に発見する方法や、新しい治療法の開発にもつながることが期待される。

Chaordic Homeodynamics: The Periodic Chaos Phenomenon Observed at the Sarcomere Level and Its Physiological Significance.

Seine A. Shintani, Biochemical and Biophysical Research Communications: 760, 151712, 2025.

 

<図の説明>

サルコメア長変動の時系列解析およびその非線形動態指標

(A)は、5本のサルコメアの動き(灰色)を平均した波形(赤色)とその低周波成分(黒色)で、全体として周期的に動いていることを示している。(B)は高周波成分だけを抽出した一つのサルコメアの波形で、周期は一定だが振幅が大きく変動している(カオス的ゆらぎ)様子が分かる。(C)はリカレンスプロット解析の結果で、縦横のパターンから周期性と複雑さ(カオス)が同時に存在することを視覚化したものである。(D)(E)はリアプノフ指数解析という手法によってカオスの存在を統計的に証明した図であり、赤色で示した元データが、青や橙で示したランダムなノイズ由来のデータよりも明らかに高い値を示していることから、ノイズや偶然ではなく真のカオス現象であることが分かる。