172.母体ストレスが胎児の視床下部ストレス中枢に影響を与えるメカニズムの一端を解明

視床下部室傍核にある副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン (CRH) ニューロンは、ストレス応答の中心的な役割を担っています。ストレスを受けるとCRH  ニューロンの活動が高まりCRHが分泌され、その結果、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、副腎皮質からのコルチコステロン分泌が増加し、生体防御反応が起こります(視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸); 図)。成体マウスではCRHニューロンの活動はγアミノ酪酸(GABA)の働きにより制御されていますが、本研究ではGABAによる制御が脳の発達過程のどの時期に完成するか調べました。多くの神経細胞では発達期にはGABAは興奮性に働いていますが、生後1-2週の間にClを細胞外にくみ出すカリウム−クロライド共輸送体(KCC2)が発現することにより、細胞内クロライド濃度が低くなり、GABA作用は抑制性に変化します。しかし、CRHニューロンでは胎生期にKCC2がすでに発現しているため、GABAは抑制性に作用しており、生後1週で、さらに抑制力が強くなることがわかりました。妊娠中のストレスが子供のHPA軸に影響し、将来の精神疾患発症のリスクを高めることが示唆されていますが、母体に低栄養ストレスを負荷したところ、仔のHPA軸の亢進がみられ、その要因はCRHニューロンの細胞内クロライド濃度が高くなることによるGABAの抑制力の低下であることがわかりました。よって、他の脳部位と比べて、CRHニューロンの細胞内クロライド維持機構は早期に完成し、母体ストレスによりクロライド維持機構が破綻し、HPA 軸の亢進が起こることが明らかになりました。

Early establishment of chloride homeostasis in CRH neurons is altered by prenatal stress leading to fetal HPA dysregulation. Watanabe M, Sinha AS, Shinmyo Y, Fukuda A. Frontiers in Molecular Neuroscience, 17: 1373337, 2024.

<図の説明>

GABAニューロンによるCRHニューロンの活動制御機構

発達初期からCRHニューロンではKCC2が発現しており、GABAはCRHニューロンの活動を抑制性に制御している(左)。母体低栄養ストレスにより、仔のCRHニューロンの細胞内クロライド濃度が高くなるため、GABAニューロンの抑制力が低下し、HPA軸が亢進する。