人間を含めた動物が地球上の多様な環境で生きるためには、体内を生命活動に適切な温度に調節することが必要です。そのため、ほとんどの動物は、生命活動に不適切な暑さや寒さから逃げ、快適な環境へ移動する本能的な「体温調節行動」を備えています。この行動は、体の表面で感知した暑さや寒さの感覚をもとに脳で生み出される不快感が引き金になると考えられてきましたが、温度の感覚がどのような仕組みで不快感を生み出し、体温調節行動を起こすのかはわかっていませんでした。
私達は、ラットを用いた実験から、皮膚で感知した暑さと寒さの感覚情報が、脳の外側腕傍核(がいそくわんぼうかく)と呼ばれる領域に分布する異なる神経細胞群を活性化し、さらに視索前野(しさくぜんや)と扁桃体(へんとうたい)と呼ばれる2つの脳領域へ伝達されることを見つけました(図)。外側腕傍核から視索前野への神経伝達を遮断するとラットが暑さから逃げることができなくなり、一方、外側腕傍核から扁桃体への神経伝達を遮断すると寒さから逃げることができなくなりました。
こうした実験結果から、暑さと寒さから逃げるための脳の仕組みは異なることが明らかになりました。視索前野へ伝達される暑さの感覚と扁桃体へ伝達される寒さの感覚が、異なる不快感を生み出し、それぞれ暑さと寒さから逃げる体温調節行動を起こすものと考えられます。
この発見は、夏になると問題になる熱中症に陥るメカニズムの理解につながるかもしれません。
Two ascending thermosensory pathways from the lateral parabrachial nucleus that mediate behavioral and autonomous thermoregulation.
Yahiro T, Kataoka N, Nakamura K.
Journal of Neuroscience 43 (28): 5221–5240, 2023. doi: 10.1523/JNEUROSCI.0643-23.2023
<図の説明>
本研究で明らかとなった温度感覚の伝達経路。
皮膚の温度受容器(センサー)で感知した寒さの感覚(冷覚)と暑さの感覚(温覚)は別々に脊髄と外側腕傍核を経て視索前野と扁桃体へ伝達される。視索前野への伝達は暑さから逃げる行動(暑熱逃避)を、扁桃体への伝達は寒さから逃げる行動(寒冷逃避)を起こす。冷覚は視索前野と扁桃体の両方に伝達され、体の中で熱を作る反応を起こすために必要であることもこの研究からわかった。