厚生労働省は、児童虐待の相談種別対応件数の21.1%が「保護の怠慢・拒否(ネグレクト)」が占めると報告しています(平成28年度社会福祉行政業務報告)。しかし、ネグレクトの原因に関しては「幼児期にネグレクトされた人は、将来親となった際に今度は自分の子供をネグレクトする」といった断片的な知見が先行するもその科学的理解は極めて乏しい現状です。本研究では、出産数も乳腺の機能も正常だが子育てに興味を示さないネグレクトマウスに対して、受精卵の交換移植やホルモン投与実験等を行い解析しました。その結果、(1) 将来子育てするか?しないか?は、従来から考えられてきた母親の妊娠期や出産後ではなく、母親自身がその母親の子宮内にいた胎児期の神経内分泌環境によってその方向性が決定される、(2) その決定には、胎児期の脳内環境、特に母体の脳下垂体から分泌されるホルモンであるプロラクチンが重要である、(3) 母体からのプロラクチンによって将来育児行動に必要な脳内育児神経回路が活性化する、などが明らかになりました。今回の成果は、年々増加するネグレクトに対してその原因と発症メカニズムを理解し、ネグレクトを回避するための基礎的な知見になると期待されます。
Maternal prolactin during late pregnancy is important in generating nurturing behavior in the offspring.
Sairenji TJ, Ikezawa J, Kaneko R, Masuda S, Uchida K, Takanashi Y, Masuda H, Sairenji T, Amano I, Takatsuru Y, Sayama K, Haglund K, Dikic I, Koibuchi N, Shimokawa N.
Proc Natl Acad Sci USA 114(49):13042-13047, 2017.
左:胎仔期に母体からのプロラクチン (PRL) を適正に受容した胎仔は、将来成熟し分娩後に育仔を行う。右:胎仔期に適正なPRL受容がないと、その個体は将来育仔行動を示さない。AP:脳下垂体前葉。