過去に経験した重大な出来事について、いつどこで何をしていたか良く覚えていると思います。脳は環境から様々な情報を受け取り、海馬は「いつ、どこで、何があったか」というエピソード記憶に中心的な役割を持ちます。しかし、どう記憶するのか、海馬学習のシナプス変化とその分子動態は不明でした。私達は、ラットを使って受動的回避学習(IA task)を行い、海馬学習依存的なAMPA受容体(GluR1サブユニット)のシナプス移行を解析しました。方法としては遺伝子導入したHerpes virusを使って背側海馬CA1にGluR1-GFPを発現させて、IA学習群、電気ショック群、探索群、非学習群それぞれで急性スライスを作成し、パッチクランプ法によりGluR1サブユニットのシナプス移行をCA1ニューロンで確認しました。すると、学習依存的にGluR1のシナプス移行が認められ、他群ではほとんど移行しませんでした。さらに、GluR1のシナプス移行が学習成立に「必要」であることを証明するため、GluR1のシナプス移行を阻止するペプチド, GluR1-c-tailやリン酸化領域Ser818とSer816の変異体、MPR-DDを両側の海馬CA1ニューロンに広範発現させました。MPR-DD発現細胞数は学習成績に大きく影響し、GluR1シナプス移行阻止細胞数と文脈学習成績の間には、強い負の対数関係があることも判明しました。その一方でControl fragmentのMPR-AAは影響せず、海馬学習の成立にはGluR1の特定領域におけるリン酸化とシナプス移行が必要であると考えられました。 (Proc Natl Acad Sci USA, 108:12503-12508,2011)
図の説明
海馬CA1における興奮性シナプスの模式図。海馬学習はGluR1 subunitを含むAMPA受容体をシナプスに移行させる。また、このシナプス移行を阻止すると、海馬学習が強く損なわれることから、「学習成立に必要」であることが証明されました。