065.記憶を覚えたまま長続きさせる仕組み(シナプスタグ)を解明

記憶にはすぐ忘れる短期記憶と一生ものの長期記憶があります。後で正しく思い出せる長期記憶はどうすれば出来るのでしょうか?一般にシナプスを介する神経細胞間の情報伝達はよく使うシナプスで通り易くなるので、活動したシナプスで結ばれた神経細胞群が一緒に活動しやすくなります。これが脳内の記憶の正体とされています。記憶が正しく長期化するには「覚えた時に働いたシナプス」限定で情報の通りやすさを保てば良いのです。長期記憶はシナプスでの既存分子の変化だけはなく、神経細胞の遺伝子発現が変化してできる新規蛋白質群の機能が必要です。よって、細胞体で出来た新蛋白質は数万個あるシナプスのうち「覚えた時に働いたシナプス」限定で働く必要があります。この仕組みはシナプスタグと呼ばれますが、どの蛋白に対するどのような制御がシナプスタグなのか不明でした。我々は、細胞体で合成され長期記憶に必要なシナプス蛋白の一つVesl-1Sについて、ラット海馬神経細胞の細胞体からシナプスが存在する径1 μm程の棘状構造(スパイン)への動きを観察し、Vesl-1Sがシナプスタグ機構を例証する例蛋白で、スパイン内部へのVesl-1S蛋白輸送の制御がシナプスタグであることを示しました。この発見により長期記憶の分子機構や制御の研究が進むと期待されます。(Okada, Ozawa, Inokuchi. Science 324: 904-909, 2009)
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図の説明

Photo-Activatable Green Fluorescent Protein(PAGFP)は初め蛍光がありませんが、400nmの光を照射した後は緑蛍光を発するようになります。まず、ラット海馬の分散培養神経細胞にPAGFPと融合させたVesl-1S蛋白質(VPAと略)を発現させました。次に404 nmのレーザーを細胞体に照射して、細胞体にあるVPAのみが蛍光を発する状態にしました。一部のスパインに薬液を微小灌流法で与えて、その部分のシナプスタグだけを活動させました。細胞体を出発して輸送されたVPAの蛍光は4時間後全ての樹状突起で観察できました。VPAの蛍光は局所刺激を受けた領域のスパイン内には蓄積しましたが(図下)、刺激を受けていない領域では見られませんでした(図上)。図では蛍光の強さを緑色の濃さで示しています。このことから、スパインの入口にはVesl-1S蛋白質を認識してスパイン内に入れる仕組みがあり、細胞体由来のVesl-1S蛋白質のスパイン内への輸送はこの仕組みの制御を介してシナプス活動が制御していることがわかりました。この仕組みが働いているスパインには樹状突起部のVesl-1S蛋白質(この実験ではVPA)が入るので、そのスパイン内のシナプスで機能できるわけです。この仕組みはシナプスタグの性質を全て兼ね備えていたので、Vesl-1S蛋白に対するシナプスタグ機構であると結論しました。