Na+ポンプは殆どの動物細胞に存在し、細胞内からNa+を汲み出して細胞容積を一定に保つ。しかし、心筋細胞のNa+ポ ンプを阻害しても容積は殆ど変わらない。心筋細胞は興奮-収縮を繰り返す動的な細胞であり、その性質は数多くのチャネルやトランスポータといったタンパク が複雑に相互作用して決まるため、実験のみでこのメカニズムを明らかにすることは難しい。今回我々は、これらのタンパクの働きを数式で表し、組み合わせた 心筋細胞数理モデル(Kyoto Model)によるコンピュータシミュレーションを用いて、実験データを解析することによって、心筋細胞に特徴的な容積保持メカニズムを明らかにした。通 常Na+ポンプを阻害すると細胞内にNa+が蓄積し、細胞膜が著しく脱分極し、これが原因で細胞外からCl–が流入するために細胞が膨らむ。しかし心筋細胞では、Na+ポンプが抑制されても細胞膜カルシウムポンプ(PMCA)が細胞内のCa2+濃度を比較的低く保つために、普段はCa2+を細胞外に汲み出すNa+/Ca2+交換が逆転して、Na+を汲み出す働きをする。つまり、心筋細胞ではNa+ポンプ機能が間接的に補われるために、膨らみにくいというメカニズムがモデルから予想された(図A)。実際に、Na+ポンプを阻害した状態の心筋細胞にNa+/Ca2+交換の阻害剤を与えると、心筋細胞は著しく膨らみ始めた(図B)。このように、モデル仮説-実験検証というシステム生理学的アプローチによって、PMCAとNa+/Ca2+交換を介した心筋細胞の新たな容積保持メカニズムを明らかにすることができた(J Gen Physiol 128: 495-507, 2006)。
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