158.精子に必須の分子VSPが電気信号を化学信号に変換するメカニズムを解明

生物は電気信号(細胞膜の膜電位変化)を巧みに利用することで、高度かつ複雑な行動を実現しています。これには細胞膜に存在する電位依存性イオンチャネルというタンパク質分子によって電気信号がナトリウムイオンやカリウムイオンなど特定のイオンの流れに変換されることが重要です。一方、精子では電位依存性ホスファターゼ(VSP)というタンパク質分子が電気信号を酵素のはたらき(化学信号:ホスホイノシチドPI(4,5)P2の脱リン酸化酵素反応)に変換しており、これが精子の運動制御に必須であることが報告されてきました。しかしながら、「どのように電気信号が化学信号に変換されるのか」という根本的な分子のメカニズムは明らかにされてきませんでした。

今回我々は、Anap [3-(6-acetylnaphthalen-2-ylamino)-2-aminopropanoic acid]という蛍光を発する人工アミノ酸を用いて、電位依存的な構造変化を解析しました。これにより、電気信号を感知する部位(電位センサー)とHydrophobic spineと呼ばれる酵素部位の信号変換に重要な場所とが直接相互作用することを発見し、この構造変化により電気信号が化学信号に変換されることを解明しました。さらに、VSPの立体構造を予測したところ、電位センサーとHydrophobic spineが相互作用する位置関係にあることも明らかとなりました。

論文タイトル Interaction between S4 and the phosphatase domain mediates electrochemical coupling in voltage-sensing phosphatase (VSP). 全著者名Natsuki Mizutani, Akira Kawanabe, Yuka Jinno, Hirotaka Narita, Tomoko Yonezawa, Atsushi Nakagawa, and Yasushi Okamura. 雑誌名Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 119(26): e2200364119, 2022.

 

<図の説明>

VSPが電気信号を化学信号に変換するメカニズム

  1. VSPは電気信号を感知する電位センサーにホスホイノシチドPI(4,5)P2を脱リン酸化する酵素部位がつながった構造です。電位センサーのうち電気信号を感じる本体であるS4と酵素部位のHydrophobic spineとの相互作用が、電気信号から化学信号への変換に重要であることが分かりました。
  2. カタユウレイボヤ由来VSPの全長予測構造と相互作用部位の拡大図。