運動の中枢である小脳には、中枢神経系で最も多量のプロテインキナーゼCが存在し、その半分以上がγ型プロテインキナーゼC (PKCγ) で、全てプルキンエ細胞に発現しています。運動失調を示すPKCγ欠損マウスの研究から、PKCγが幼若期の登上線維-プルキンエ細胞シナプスの刈り込みを制御することはわかっていましたが、成熟後もプルキンエ細胞で大量に発現し続けるPKCγの役割は不明でした。
そこで我々は、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いて、運動失調を示す成熟後のPKCγ欠損マウスのプルキンエ細胞にPKCγを戻してみました。すると登上線維の刈り込み障害はそのままで、運動失調が有意に回復しました。次にプルキンエ細胞特異的Cre発現AAVを、正常に発育したPKCγ-floxマウスに注入し、プルキンエ細胞からPKCγを除いてみました。すると、登上線維-プルキンエ細胞シナプスは変化なしに、運動失調が出現しました。すなわち、成熟小脳においてPKCγが(登上線維シナプス刈り込みとは別の機構で)協調運動を制御していることがわかりました。
そのメカニズムとして、成熟プルキンエ細胞でPKCγがCa2+依存性K+チャネルのBKチャネルを抑制すること、それを通じて、登上線維由来の入力で生じる複雑スパイクの波形、そしてその結果として協調運動を制御していることを突き止めました。
Protein kinase Cγ in cerebellar Purkinje cells regulates Ca2+-activated large-conductance K+ channels and motor coordination. Masashi Watanave, Nobutaka Takahashi, Nobutake Hosoi, Ayumu Konno, Hikaru Yamamoto, Hiroyuki Yasui, Mika Kawachi, Takuro Horii, Yasunori Matsuzaki, Izuho Hatada, Hirokazu Hirai.
Proceedings of the National Academy of Sciences, 119(7) e2113336119-e2113336119, 2022.
(A) プルキンエ細胞は平行線維と登上線維から信号を受け取り、信号を軸索起始部へと伝える 軸索起始部で最終的な出力信号 (複雑スパイク) に変換されて、小脳皮質の外へと出力される。(B) BKチャネルはプルキンエ細胞の樹状突起の細胞膜に沿って存在し、樹状突起を伝わる信号を減弱させる。 (C) PKCγが活性化すると、樹状突起の細胞膜へ移動する。PKCγがBKチャネルをリン酸化すると、BKチャネルの機能が抑制される。その結果、樹状突起を通る信号は減衰しにくくなり、軸索起始部で強い出力信号が形成される。