「いま自分がどこにいて、どこへ向かっているか?」という空間認識は、動物の生存に重要な能力です。海馬には、動物のいる場所・移動スピード・道順などに応じて活動の頻度が変化する神経細胞が存在します。これらの細胞の発する空間情報は、海馬から下流の脳領域群へと分配されて活用されることで、脳機能を支えると考えられますが、具体的にどのように分配されるかは不明でした。今回、私たちは、海馬から海馬台を経て4箇所の下流領域へと分配される空間情報の流れを明らかにしました。ラットの海馬と海馬台から多点電極をもちいた神経活動計測をおこない、さらに、光遺伝学により個々の海馬台神経細胞の投射先領域を同定しました。その結果、海馬台は、海馬に比べてノイズに強い頑強な情報表現を持つことを見出しました。さらに、移動スピードと道順の情報はそれぞれ帯状皮質と側坐核に選択的に伝達され、場所の情報は側坐核・視床・乳頭体・帯状皮質の4領域に均等に分配されることを明らかにしました。また、海馬台投射細胞の活動のタイミングは、海馬台の脳波のリズムによりミリ秒の精度で制御されていました。本研究は、海馬から海馬外への空間情報の流れを初めて明らかにしました。この成果は、海馬を中心とした記憶システムの動作原理や、認知症の病態の解明につながるものと考えられます。
Kitanishi T*, Umaba R, Mizuseki K*. Robust information routing by dorsal subiculum neurons. Science Advances, 7:eabf1913 (2021). *責任著者
https://doi.org/10.1126/sciadv.abf1913
(A) 海馬から海馬台を経て下流の脳領域へと向かう空間情報 (場所・スピード・道順) の流れを、大規模な神経活動計測と光遺伝学を組み合わせて追跡しました。
(B) 海馬・海馬台における場所情報の表現。海馬の神経細胞は、動物が特定の場所にいるときに選択的に活動しました。一方、海馬台の神経細胞は、場所に対する選択性は低いものの、活動頻度が高いために海馬と同等の情報量を持ち、ノイズに対して頑強でした。