140. 塩のおいしさを生み出す細胞とその仕組み

私たちは、食塩(塩化ナトリウム、NaCl)をその“おいしさ”のせいで摂り過ぎてしまいます。食塩の摂取過多は高血圧の最大のリスク因子であり、様々な心血管疾患の引き金になるため、全世界的に減塩が推奨されています。しかしこれまで、塩味を感じる仕組みは細胞・分子のレベルでは理解されていませんでした。

今回我々は、舌の味蕾で食塩の“おいしい” 塩味を受容する細胞が、上皮型Na+チャネル(ENaC)とCALHM1/3チャネルを共発現する細胞であることを突き止め、その情報伝達の仕組みを解明しました。食塩に含まれるNa+がENaCを介してこの細胞の中に流入すると、細胞に活動電位が生じました。そしてその結果、CALHM1/3チャネルを通して神経伝達物質としてATPが放出され、塩味情報を脳に伝達する神経が活性化することを解明しました。実際に、CALHM3欠損マウスや、CALHM1発現細胞だけでENaCを欠損させたマウスは、食塩を好んで摂取する行動を大きく損なっていました。

本研究により、食塩のおいしさの背景にある仕組みが細胞・分子のレベルで解明されました。科学的な知見に基づいた減塩食品の開発に資するものと期待しています。また我々は、小胞ではなくイオンチャネルを通して神経伝達物質を放出する、この特殊なシナプス様式を『チャネルシナプス』と名付け、全身の神経系における役割にも注目しています。

Nomura K*, Nakanishi M, Ishidate F, Iwata K, Taruno A*#. All-electrical Ca2+-independent signal transduction mediates attractive sodium taste in taste buds. Neuron106: 816–829 (2020). https://doi.org/10.1016/j.neuron.2020.03.006  *共同筆頭著者 #責任著者

 

(左)舌で塩味を感じるメカニズムの模式図。食事に含まれるNa+がENaCを介して塩味細胞に流入すると、細胞膜の脱分極が起こり、細胞に活動電位と呼ばれる電気シグナルが生じる。これを受けて、CALHM1/3チャネルが神経伝達物質(ATP)を放出し、味神経に情報を伝達する。

(右)塩味細胞の微細構造を超解像共焦点レーザー顕微鏡で撮影した写真。塩味細胞と味神経が接している部位にCALHM1が局在している(矢頭)。