日本生理学雑誌 第70巻 3号

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表紙の説明

第84 回日本生理学会大会(大阪)
演題番号:1PHA-034
演題:「ヒトの随意性嚥下に対する咽頭・喉頭部粘膜からの感覚入力の促進効果」
“Facilitatory effects of sensory inputs from pharyngolaryngeal mucosal receptors on voluntary
swallowing in humans”
演者:矢作理花1,内山偉誠2,奥田・赤羽和久2,深見秀之2,松本範雄2,北田泰之2
所属:1 岩手医大・歯・歯科補綴第一,2 岩手医大・歯・口腔生理
嚥下は随意性にも反射性にも誘発することができる.しかし,上位中枢入力と感覚入力がどのように関係し合って延髄の嚥下中枢を賦活し,嚥下が誘発されるかほとんど分かっていない.動物実験で,咽頭・喉頭部粘膜に水刺激(浸透圧変化に依存せずCl濃度低下)に興奮し,NaCl で抑制される水受容器の存在が明らかになっている.本研究はヒトの随意性嚥下に対する咽頭・喉頭部粘膜の水刺激の影響を調べたものである.
A: 細いチューブを通じ下顎切歯から12cm の部位(咽頭・喉頭部)に,刺激液を低速0.2ml/min で注入した.この部位は0.3M NaCl を注入しても塩味は起こらない. B: 嚥下時の筋電図.被験者にできるだけ速く繰返し嚥下を行うように指示した(矢印). 下線は刺激液の注入を,黒点は被験者がマークできるようにした実際の嚥下時点を示す. 注入毎に,安定した5 回のSwallowing Interval(SI)を測定し,mean±SEM を求めた.水(蒸留水)注入による嚥下促進が見られた(water effect). C: 12cmでの水注入時のSI は8cm(塩味を感じる舌根部)のそれより短く, 水受容器が咽頭・喉頭部に限局していることを示す(n=5). D: 注入部位12cm,咽頭・喉頭部を表面麻酔(Xylocaine viscous)した被験者の1 例.watereffect は表面麻酔後に消失.NaCl は高い濃度であっても化学刺激にならず,このような低速注入では触刺激の効果はほとんどないことを示す. Cの横軸8cm での著しいSI 値の個人差は,この部位で低速水注入が感覚入力をほとんど生じないことから,被験者の中枢における嚥下実行能力に起因する. 横軸12cm でSI が小さい値に収斂したことは,嚥下実行能力の低い被験者ほど感覚入力による嚥下促進効果が大きいことを示す. 従って,口腔感覚入力は単に嚥下を促進するのではなく,嚥下の困難さを補償する重要な意味を持つことが分かる. 図に示していないが,速い注入では触刺激と深部機械刺激の嚥下促進効果が大きくなり,相対的に水受容器の興奮によるwater effect は小さくなる. 従って,コップで水を飲む時には機械受容器からの入力が優位になって嚥下を促進する. 水受容器の効果は機械刺激の弱い時に現われる. 我々は安静時唾液(低いCl-濃度)が水と同じ嚥下促進効果を持つことを発表してきた. 安静時唾液の分泌速度は遅く,機械刺激は弱いので安静時唾液による水受容器の興奮が自発性嚥下を促進し,咽頭・喉頭部の清掃に役立っているものと思われる.