日本生理学雑誌 第86号4号

CONTENTS

表紙の説明

〈表紙の図〉
大会名:第101回日本生理学会大会
演題番号:2P-090
演題名:糖尿病性心筋症早期ステージにおけるケトン体代謝の変動とその心保護作用
演題名(英語):  Alterations in ketone body metabolism and its cardioprotective effects in the early stage of diabetic cardiomyopathy
演者:三上義礼,大島大輔,冨田太一郎,鄭 有人,赤羽悟美
所属:東邦大学医学部生理学講座統合生理学分野

説明(キャプション):
糖尿病性心筋症は冠動脈病変を伴わない糖尿病に合併する心機能障害と定義される.早期に拡張機能障害が認められ,病態が進行すると収縮機能障害が生じて心不全に至る臨床経過をたどる.しかし,その病態進展の機序は不明な点が多い.我々は糖尿病性心筋症におけるインスリン作用不足による発症早期のステージ進展の分子メカニズム解明を目的として本研究を実施した.C57BL/6J雄マウスにstreptozotocin(STZ)を投与して1型糖尿病(T1DM)モデルマウスを作製し,心機能を測定したところ,STZ投与4週後に左室拡張機能障害が認められた.さらにSTZ投与8週後に左室拡張機能障害に加えて左室収縮機能障害が認められた.そこで,STZ投与4週のマウスを用いて糖尿病性心筋症の症状が顕在化する前の発症機構に寄与する分子の探索を行った.糖尿病性心筋症早期ステージでは,血中のケトン体濃度が上昇しており,心筋細胞におけるケトン体をエネルギー基質とする代謝酵素の発現変動が認められた.また,心保護因子のひとつNeuregulin-1(NRG1)の血中濃度,および,心室・腎臓・肝臓における発現の上昇も認められた.これらの変化は,発症早期に起こる臓器連関を介した代償的な心保護作用であると考えられる.

A:STZ投与4週後の心室において,心保護因子のひとつNRG1の発現が有意に上昇していた.NRG1の発現レベルは,インスリンの持続投与によってコントロール群と同等レベルまで戻った.
B:NRG1は,臓器連関機構によりその血中濃度が上昇し,冠循環や細胞間連関を介して心室筋細胞に作用することが示唆された.
C:NRG1の受容体ErbB2(HER2)を遮断する抗ErbB2(HER2)抗体製剤のTrastuzumab(TRZ)を腹腔内投与したところ,コントロール群の心機能はTRZ投与による変化が認められなかったのに対して,TRZ投与T1DM群では左室駆出率が有意に低下し,左室収縮機能障害が認められた.一方,T1DMマウスで認められていた拡張機能障害は,TRZ投与により影響を受けなかった.
D:NRG1-ErbB2/4 の下流においてAktシグナルが寄与していたことから,通常は,インスリンシグナルの下流でAktシグナルを介して収縮機能が維持されていると考えられる.

糖尿病性心筋症早期ステージにおいてTRZによってNRG1-ErbB2/4-Akt軸を遮断すると,左室収縮機能障害が進展したことから,インスリン作用不足に対して循環血中や心室で代償的に増加したNRG1によって,左室収縮機能障害の進行が抑制されていることが明らかとなった.糖尿病性心筋症において,早期に左室拡張機能障害が先行する理由の一部はこの代償機構で説明できると考えられる.

利益相反の有無:なし