生理学の動向と展望 「生命への統合」

「生命への統合」の役割を担っている生理学の位置づけを行うとともに、生理学研究と生理学教育の現状及び問題点を探究して将来の発展への指針を探ろうとするものである…
更新:2009/06/20 10:27:04

生理学研究連絡委員会報告 平成9年6月20日

(以下は要約になります。詳細についてはこちらをご覧ください)

生理学 Physiologyは生体の機能を研究する学問であり、遺伝子・分子レベルから、細胞、組織、器官、個体までの機能を統合的・有機的に研究し、そのメカニズムを明らかにする役割を担っている。更には、複数の個体が相互に関係しつつ社会生活を営む上で生じる生態学的、心理学的現象までを含めた機能の解明も生理学に与えられるべき課題である。わけても、これまで未知であった多くの生体内分子が分子生物学の発展により次々と同定されている現在、それらの分子群の生体機能における役割と意義を明らかにし、生命へと統合することは生理学の最重要課題となっている。

本報告書は、大きな飛躍と展開を見せている生命科学全研究分野の中心にあって「生命への統合」の役割を担っている生理学の位置づけを行うとともに、生理学研究と生理学教育の現状及び問題点を探究して生理学の将来の発展への指針を探ろうとするものである。

生理学とその課題:

生理学は生体の機能とそのメカニズムを解明する学問である。「生体」とは、人体を含めて全ての生物体を意味し、「機能」とは個体レベルにおける生体機能のみならず、その個々の構成体(分子、細胞、組織、器官)の機能や、複数の個体が社会生活を営む上での(生態学的、心理学的現象を含めた)機能をも意味する。生理学が扱う対象は生きた材料であり、生きている条件下でリアルタイムに観察することが特徴である。生体機能は、多くの分子群や細胞群の働きと、その相互作用によって、更にはそれらが作り上げる器官や個体レベルの働きによって逆に統御されながら、全体としてホメオスタシスを保つ形で実現されている。従って、これを研究する生理学は、生体機能を分子、細胞、器官、個体の各レベルでのメカニズムを解明するとともに、それらをシステムとして統合的に取り扱う「統合生物学」Integrative Biologyとしても位置づけられる。このような意味で、生理学は生体が働く仕組み(ハードウエア)とその論理・法則(ソフトウエア)及び意義を明らかにする学問である。ノーベル賞の領域名が“医学・生理学”と呼ばれるように、生理学は本来、医学を含め全ての生命科学の基礎を与える重要な学問である。

生理学研究の現状と展望:

日本の生理学研究は、個々の分野において世界的な業績を上げ、国際的に認められて世界の指導的地位に立ちつつある。一方、分子生物学的手法などを用いた研究の進歩が著しく、それらは生命科学研究全般に大きな革新をもたらした。生理学研究においても、それらの方法を用いて得られる成果を統合することによって、「機能」の解析をより実体的かつダイナミックに行いうるという新しい状況が生み出されている。それゆえ今後の生理学研究は、分子生物学の発展の成果を細胞レベル、組織レベル、器官レベルのみならず個体レベルでのシステム機能として組み上げ、生命へと統合して行く必要がある。更に、臨床医学における遺伝子治療、生体分子操作、人工臓器、臓器移植、脳死判定など、科学の発展によって生じた医学、生命科学上の問題、人口増加に伴う環境上の問題、長寿化社会に伴う問題など、現在及び未来における諸問題の解決に科学的基盤を与える上でも、生理学研究が果たすべき役割は極めて大である。人類が自然と生命の摂理を深く洞察し、それらに矛盾しない生活を築くという、人間と自然の調和が求められる21世紀においては、「生体の仕組みと論理・法則」を明らかにし、生命の摂理に迫る学問である生理学の重要性は益々増大することになるであろう。

このような意味で、今後、生理学研究を発展させるために、重点的に取り組むべき研究を提唱し、各々の研究分野について分子生物学やシステム理論の発展の成果を積極的に取り入れた新しい研究手法を駆使して、しかも戦略性の高い「統合生物学」的研究を展開して行くことが強く求められる。

生理学教育の現状と展望:

生理学は、全ての生命科学の基礎を与えるばかりではなく、人類の生活への指針をも与える重要な学問である。しかしながらわが国では現在、生理学研究の重要性と生理学の社会的役割の重要性に見合う程には若い優秀な人材の参入が得られていない。この問題の解決の第一歩として、医系大学及び理系大学における生理学教育の内容を、現在めざましく展開されている分子生物学的研究の成果を基礎に、それらを「生体機能」にまでダイナミックに組み上げ、若者の知的好奇心を刺激するような統合生物学的内容に変えていくことが必要であろう。医系・理系大学のみならず、文系大学においても、初等・中等・高等学校においても、生命科学としての生理学教育と人間科学としての生理学教育が取り入れられる必要がある。教育の裾野を広げることは生理学研究に参入する人材を確保していくためにも重要と思われる。

生体の機能を研究し、生体の仕組みと論理・法則を明らかにし、それらを生命へと統合する学問である生理学は、生命科学全研究分野の基礎を与えると共に、自然と生命の摂理に沿った人類の生活の実現への指針をも与えうるものである。従って、生理学の研究・教育両面からの健全な発展を促すことは、自然科学にとどまらず人類史的にも極めて重要であり、そのための努力と施策が強く求められる。

生理学の動向と展望 「生命への統合」http://wwwsoc.nii.ac.jp/psj/psj/kenren.html