プロトン(H+イオン)は電位によって制御されるプロトンチャネル(電位依存性プロトンチャネル)という膜蛋白を通って速やかに細胞膜を透過する。しかし、そのメカニズムは、1984年のチャネル発見から四半世紀たった今も謎のままである。H+イオンがどのようなエネルギーの障壁を越えて透過しているかは、温度を上げたり下げたりしたときに起こる透過過程の変化から明らかにすることができる。しかし、H+イオンが溶液などを移動する様式は他のイオンと大きく異なっており、様々な要素の影響を受ける。H+イオンが小さなチャネルの入り口に近づく時に発生する抵抗(アクセス抵抗、図A、RAR)もそのひとつである。そのため、これまで温度変化に応答するH+イオン透過過程の変化を正確に捉えることは困難であった。私達は、短時間(2-3ミリ秒以内)に温度を変化させることのできる温度ジャンプ法を開発し、透過過程の変化を直接測定することに成功し、更にアクセス抵抗を見積もる方法を考案した。こうして初めて、H+イオンの流れをチャネル自身(RCh)とアクセス抵抗を通る過程に区別することができるようになった。Q10値*を用いて表したそれぞれの過程の温度依存性は大きく異なり(図B)、H+イオンがチャネル自身を通るときのエネルギー障壁(活性化エネルギー64 kJ/molに相当)は一般的なチャネルに比べ遥かに高かった。4年前に発見されたプロトンチャネル候補分子には一般のチャネルで共通して見られるイオンの通り道に相当する構造物がないことが報告されている。私達の研究で初めて明らかになった透過過程の高い温度依存性とH+イオンの流れに影響を与える大きなアクセス抵抗の存在は、プロトンチャネルのユニークなイオン透過メカニズムを解き明かす上で重要な手がかりである。Q10値*:温度が10℃上昇すると反応(この場合H+イオンの透過)が何倍になるかを表す係数で生体反応の温度依存性を表す指標として用いられる。値が大きいほど温度依存性が高い。
図の説明
A, H+イオンは膜内にあるチャネル(緑)自身による抵抗(RCh)と周囲の溶液からチャネルへと収束する際に生じるアクセス抵抗(RAR)を通って流れる。B, プロトンチャネル(Q10Ch、青)とアクセス抵抗(Q10AR、緑)のQ10値を温度に対してプロットしたもの。全体のH+イオン透過過程のQ10値(Q10app、赤)は、低温ではQ10Chに、高温ではQ10ARに近づく。Kuno, M., Ando, H., Morihata, H., Sakai, H., Mori, H., Sawada, M. and Oiki, S. (2009) Temperature dependence of proton permeation through a voltage-gated proton channel. J Gen Physiol, 134:191-205.