自発的な運動の発現には大脳基底核が重要な役割を果たすと考えられているが、大脳皮質下のどのような信号によって自発運動のタイミングが決定されているのか明らかではない。本研究では手がかり刺激から一定時間が経過した後に自発的にサッカード眼球運動を行うようにサルを訓練し、大脳への入力部である運動性視床の神経活動と同部の不活化の影響を調べた。視床VA/VL核のニューロンは自発的な眼球運動に数百ミリ秒先行して徐々に発射頻度を上昇させ、その活動の大きさは運動の開始時間にかかわらず、運動の直前にほぼ一定のレベルに達していた。これらのニューロンは視覚刺激でトリガーされる反応性の運動を準備している際にも活動を増大させたが、その潜時・大きさと反応時間の間には有意な相関を認めなかった。同部の不活化により、反応性の運動と比較して自発運動の開始が著しく遅れたことから、これらの信号が自発運動のタイミングを調節する要因となっていることが示唆された。自発的な運動のタイミングは、視床を介して大脳に送られるbuildup活動が一定の閾値に達することで決定されていると推測される。Parkinson病などの基底核疾患でみられる自発運動の開始困難も同様に、運動信号そのものではなく、運動のタイミングを決定する皮質下信号の減弱によって説明できるのかもしれない。(Nat. Neurosci. 9: 20-22, 2006; J. Neurosci. 27: 12109-12118, 2007)
図の説明
固視期間中に手がかり刺激を短時間提示し、一定時間が経過した後に手がかり刺激のあった場所にむかって眼を動かすと報酬がもらえる。固視点はサッカード後に消えるため、サルは刺激提示からの経過時間を知っておく必要がある。視床から単一ニューロン活動を記録し、得られたデータを反応時間の順に均等に5つのグループに分け、それぞれについて集団活動を計算した。左のパネルでは手がかりの出た時点、右のパネルではサッカードの時点でデータを揃えて平均している。右のパネルでは各グループでの平均反応時間にデータをシフトさせて表示している。反応時間が短い試行ほど発射頻度の上昇率が高いが、運動直前の神経活動の大きさは反応時間によらずほぼ一定となっている。