1950年代ごろの古典的な研究を起点として、我々が体温を維持していることが神経活動を室温条件下よりもさらに活発にすることが明らかとされてき た。しかしながら、どのような分子メカニズムで体温を情報源とした神経活動上昇が起こるのかは全く未解明であった。最近、筆者らは体温近傍の温度により活 性化する温度センサー蛋白質・TRPV4が脳に広範に存在すること、特に記憶の形成に重要な役割を担う海馬に高発現していることを見いだした。そして、体 温により海馬TRPV4が活性化し、カチオンの流入を介して、静止膜電位を脱分極側にシフトさせていることを見いだした。このことは、温度センサー・ TRPV4が神経細胞の興奮性を向上させていることを示している。つまり、世界で初めて、なぜ室温環境よりも体温環境の方が神経細胞の興奮性が向上するの かという分子メカニズムを解き明かした貴重な知見である。本研究結果は、てんかんや痙攣発作などの過興奮状態の神経活動を正常に戻すのに、TRPV4阻害 剤の投与や脳内への冷却溶媒の注入などが有用である可能性を示しており、これまでには考えられなかったような治療法や疾病予防の開発に大きな道を開くと考 えられる。J. Neurosci. 2007 27: 1566-1575
図の説明
野生型とTRPV4KOの海馬神経細胞の静止膜電位を25℃で測定すると、両者ともその静止膜電位は-62mV付近であった。しかし、静止膜電位の測定条 件を37℃に変えると、野生型とTRPV4KO群の両者で静止膜電位は、脱分極側にシフトした。TRPV4KO群よりも野生型において、約5mV脱分極の 程度が大きいことより、TRPV4が体温により活性化し、静止膜電位を脱分極させていることが示された(図中の緑色の矢印)。体温によるTRPV4の活性 化に伴い、神経細胞の興奮性が向上していることが示された。