神経回路網が構造的・機能的に維持されることは、蓄えた情報を安定に保持するために不可欠である。しかしながら、記憶・学習の基礎過程とされる神経 系の可塑性についての研究が進展する一方で、回路網の維持については多くの点で不明である。我々は、マウス小脳の登上線維-プルキンエ細胞シナプスに着目 し、成熟動物において、神経活動がシナプスの機能維持に及ぼす影響について調べた。先ず、テトロドトキシン(TTX)を、有機樹脂ポリマーを用いて小脳に 持続的・局所的に投与し、神経活動を抑制した。数日後に小脳スライス標本上で電気生理学的解析を行ったところ、登上線維シナプス応答の振幅に減弱が見ら れ、これは登上線維終末からのグルタミン酸放出の減少が原因であることが判明した。さらに、シナプス後膜側のAMPA型グルタミン酸受容体の阻害薬、 NBQXを同様な方法で投与したところ、TTX投与時と同様に、登上線維からのグルタミン酸放出の減少が見られた。したがって、成熟マウス小脳では、 AMPA型グルタミン酸受容体を介するプルキンエ細胞の活動が、何らかの逆行性シグナルを介して、登上線維シナプスの機能を恒常的に維持していることが示 された。(Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 102: 19180-19185, 2005)
図の説明
成熟マウス小脳登上線維-プルキンエ細胞シナプスでは、神経活動によりプルキンエ細胞シナプス後膜上のAMPA型グルタミン酸受容体が活性化さ れることにより、未同定の逆行性シグナル(黄線)を介して登上線維シナプス前終末の機能が維持される(左)。一方、神経活動が抑制された状態が数日間続く と、登上線維からのグルタミン酸放出量が減少し、シナプス応答が減弱する(右)。