ヒトをはじめとする哺乳類では加齢に伴う学習記憶能力の低下(ボケ)が知られている。現在までボケの研究はマウスやラット、サルを用いて行われてきたが年単位の寿命が障害となり、変異体や形質転換体を利用した分子メカニズムの解明が進んでこなかった。今回我々は分子遺伝学的手法が発達し、寿命も約1ヶ月と短いショウジョウバエも哺乳類同様ボケを示すことを見出した。若いハエ(1~2日齢)はある匂いと電気ショックを連合学習し24時間以上その記憶を保持することが出来るが、年をとったハエ(20日齢以降)では学習直後の記憶はほぼ正常にもかかわらず学習後1時間において記憶の保持が顕著に低下していた。老齢バエのボケは哺乳類のPACAPに相同性の高い神経ペプチドをコードする遺伝子amnesiac(amn)の変異体の記憶表現型と極めてよく似ていた。またamn変異体は他の記憶変異体と異なり、もはやボケを示さなかった。野生型のハエにおいてamn遺伝子は脳の記憶中枢に神経終末を投射する一対の細胞(DPM細胞)に高く発現している。そこでamn変異体においてこのDPM細胞にamn遺伝子を発現させたところボケを示すようになった。これらの結果から、これまで考えられていた学習記憶過程全体ではなくamn遺伝子依存性の記憶過程のみが、特に記憶中枢において阻害されることがボケの主たる要因であることが示唆された。今後amn情報経路をより詳細に解析することで、ボケの発現に、より中心的な役割を果たしている遺伝子を同定し、マウスなど哺乳類モデルへ応用していくことが期待される(Neuron. 2003 Dec 4; 40(5): 1003-11. ) 。この論文は同号でpreviewされ、またNature誌のnews and views in brief (Nature. VOL426 18/25 Dec 2003)などでも紹介された。
加齢性記憶障害(ボケ)に関与するamn情報経路
AMNペプチドがDPM細胞から放出され、未同定の受容体に結合することで記憶中枢においてアデニレートサイクレースの活性化、cAMP産生、PKAによる未同定の標的タンパクのリン酸化といったamn情報伝達経路の活性化が起こり、amn依存性の記憶が形成される。
老齢バエではこの一連のamn情報伝達経路が障害され、ボケが起こることが分かった。