015.シナプス前抑制の機能的意義を解明

我々の脳の働きは多くの神経間のコミュニケーションによって成立しているが、このコミュニケーションの度合いを調節する基本的な仕組みの一つとして「シナプス前抑制」が古くから知られてきた。しかし、この「シナプス前抑制」が 我々の行動におけるどのような局面、どのような目的で神経間の連絡を調節しているのかはこれまで不明であった。そこで我々は覚醒サルの運動中に脊髄における「シナプス前抑制」の度合いを記録する方法を開発し、サルが手首を用いた単純な随意運動を行っている際に、「シナプス前抑制」がどのように働いているのかを調べた。その結果、サルが手首を能動的に動かしている時に手首周辺の皮膚から脊髄への感覚入力が「シナプス前抑制」によって抑制されていることを見いだした。またこの「シナプス前抑制」が運動開始前から認められる事から、主に大脳皮質などの上位中枢がそれを引き起こしている事が明らかになった。これらの結果から、随意運動の制御を行う上位中枢は、筋肉を活動させると同時に、重要性の低い感覚入力を「シナプス前抑制」を使って効果的に抑制していると考えた。本研究によって「シナプス前抑制」の機能的な意義が初めて実証された (Nature Neuroscience 6: 1309-16, 2003)。この研究成果はNature Neuroscienceの特集記事で広く紹介された (Nature Neuroscience 6: 1243-44, 2003).
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図の説明

(左)サルが運動を行ってない時、皮膚表面への刺激は、大脳皮質に伝わって「皮膚感覚」が生まれ、同時に運動神経に伝わって「反射」が起こされる。
(右)運動を行う際、運動中枢は筋肉に指令を送ると同時に、皮膚神経端末にシナプス前抑制(PAD)を引き起こし、不要な皮膚感覚入力を抑制する。