006.ナノ/マイクロテクノロジーで細胞レベルの動脈硬化発生プロセスを解析

血管内腔を一層に覆っている内皮細胞は、血管径の調節、抗血栓作用、物質透過性の制御などの重要な役割を担っており、これらの機能不全が動脈硬化などの血管病変を引き起こすことが良く知られている。動脈硬化の発生は、内皮機能変化によって、脂質などに対する透過性の上昇、平滑筋増殖因子の放出、さらには接着タンパクの発現を変化させて単球が内皮層への接着・浸潤して病変が発生・進展していくと考えられている。これらのプロセスにおいて、内皮細胞間隙や力学特性といったメカニクスが内皮機能と密接に関連している。細胞レベルのメカニクス計測法として、細胞間隙変化をナノメーターオーダーで評価が可能な電気インピーダンス計測法(ECIS)と、原子間力顕微鏡(AFM)のプローブであるカンチレバーをサブミクロンのオーダーで細胞に押し込み、その押し込み量とたわみ量(数十ナノメーター)から力学特性を評価する方法がある。我々は動脈硬化発生プロセスの詳細な解明を目的として、これらの計測方法を用いて単球付加時の内皮細胞間隙・メカニクス変化を評価した。ヒト臍帯静脈由来内皮細胞に単球の懸濁培養液を加え、ECISを用いて内皮細胞-細胞間(Rb)と内皮細胞-電極(基質)間(a *)の抵抗成分変化を評価したところ、Rbはほぼ一定の値であったが、a *は顕著に減少した。即ち内皮-基質間距離が増大した。この時、単球は内皮表面に接着するのみで、内皮下へ浸潤していなかった。AFMを用いて力学特性を評価すると、単球の接着によって内皮細胞が柔らかくなることが確認された。単球接着後、内皮細胞の細胞骨格成分の1つであるアクチンフィラメント、内皮細胞の基質への接着性に大きく関与しているチロシンキナーゼp125FAKのどちらもが顕著に減少しており、単球の接着により内皮細胞の基質への接着性の低下、変形能の上昇が生じていることがわかった。この結果から、単球の接着がその後に生ずる浸潤を促進するように内皮機能変化を助長していることが推測される。細胞のメカニクスは、生体組織を構成する様々な細胞の機能に関連しており、本研究で用いたナノ/マイクロメーターレベルの工学的計測法は、細胞レベルの病態生理機能の解明に威力を発揮するものと感ずる。(これらの結果は次の論文に発表された:PNAS, 99(24), (2002), 15638-15643)
(注 a *は、ギリシャ文字のアルファーですが、WEBでは、表示できていません。)pict20051126134319