イオンチャネルをはじめとする蛋白質の機能は、ナノ秒から秒単位にわたる広範な時間スケールでの構造変化によって制御されています。単一チャネル電流記録法は、チャネルの開・閉状態間の遷移(ゲーティング)を直接捉える強力な手法ですが、その時間分解能には限界があります。この限界を超える極めて速い開閉は、個別の開閉事象として分解できず、「フリッカ」と呼ばれるノイズ様の電流として観測されます(図、フリッカ遷移)。フリッカ電流は、従来の時系列解析では状態間遷移速度を抽出することができず、多くのチャネルで観察されるフリッカは見過ごされてきました。この課題を克服するため、我々は全く新しい視点の解析法を開発しました(BPoF法[ベータ分布に基づく適応ポストフィルタリング法])2)。単一チャネル電流記録にはノイズを除去するために高周波遮断フィルタが使われます。フリッカは速いゲーティングなので、従来、遮断周波数(fc)を高く設定して記録してきました。この常識的な手法を転換し、極端に低いfcで処理したことがBPoF法の核心です。これにより電流トレースは大幅になまり、一見すると情報は失われたかのように見えます(図、カラートレース)。しかし、この操作こそが、時間領域に埋もれていた動態情報を、フィルタ後の電流振幅ヒストグラムの「形状」へと変換する鍵となります。驚くべきことに、フィルタの遮断周波数を下げていくと、ヒストグラムの形状は二峰性から非対称な一峰性分布へと連続的に変化し、この一連の形状変化は数学的な「ベータ分布」によって完璧に記述できます(図、3Dプロット)。そこで複数の遮断周波数で得られたヒストグラムを同時にベータ分布でフィットする方法を確立しました。これにより一見カオス的なフリッカ信号の中に、実は異なる速度論的性質を持つ2つのフリッカモード間を遷移する、より高次のゲーティング様式(モードスイッチ)が隠されていることを世界で初めて突き止めました1)。本手法は、従来の時間領域解析では捉えきれなかったチャネル動態の解明を可能にし、チャネルの複雑なゲーティング制御機構の理解に新たな道を開くものです。
1) Single-Channel Fast-Flicker Currents Deciphered for Kinetic Model Topology and Rates. Oiki, S. Cell Reports Physical Science 6: 102842, 2025.
2) Resolving Protein’s Conformational Kinetics from Single-Molecule Fast Flicker Data. Yoshida, T, Oiki, S. Cell Reports Physical Science 5: 101925, 2024.

図の説明 BPoF法による単一チャネル・フリッカ電流の解析。上段は、従来の時系列解析が可能な、明確な開閉を示す遅いゲーティング。下段は、本手法の解析対象である高速フリッカゲーティング。記録された電流に、遮断周波数の異なるデジタル・ローパスフィルタ(左下)を適用すると、トレースは大幅になまる(紫、緑、橙)。しかし、これらのトレースから作成した振幅ヒストグラムは、遮断周波数の低下に伴い、二峰性(紫)から非対称単峰性(緑)、そして対称単峰性(赤)へと系統的に変化する。この形状変化の系列は、理論的なベータ分布(右の3Dプロット)によって完全に記述され、フィッティングにより高速ゲーティングの速度定数が決定される。さらに、Multi-fc BPoF法を用いることで、フリッカ内部に隠された、異なる動態特性を持つ2つのモード間の遷移(モードスイッチ、右上模式図)を解読できる。
























