我々は以前に、心筋細胞を深部体温程度まで温めた際、細胞内のサルコメアが収縮と弛緩を繰り返す振動状態になることを発見し、「熱筋節振動(HSOs: Hyperthermal Sarcomeric Oscillations)」と名付けました。その後、HSOsの振動特性について詳細に研究し、サルコメアの振動振幅や位相がカオス的に変化することを確認していました。今回、初代培養ラット心筋細胞において、カルシウム濃度が一定の場合と変動する場合のHSOsの波動特性を比較しました。その結果、カルシウム濃度の変動がサルコメアの振動振幅や位相のカオス的な不安定性を引き起こす要因であることが明らかになりました。この現象を「S4C(Sarcomere Chaos with Changes in Calcium Concentration)」と命名しました。興味深いことに、カルシウム濃度の変動が影響を及ぼすHSOsでは、S4Cが振動の振幅や速度をカオス的に変化させる一方で、一定の周期を維持します。同時に、カルシウム濃度の変動に応じてサルコメアの振動波形を変化させます。すなわち、カルシウム濃度の変化という生体リズムが自律的に振動するサルコメア集団に作用することで、「カルシウム濃度の変化に鋭敏に応答しつつ、周期を一定に保つ」という恒常性、生き物らしい特性が創発することが分かりました。
Observation of sarcomere chaos induced by changes in calcium concentration in cardiomyocytes., Seine A. Shintani, Biophysics and Physicobiology: 21(1), e210006, 2024.
<図の説明>
心筋細胞内サルコメアの各種振動ダイナミクスの性質
(A)心筋細胞内カルシウム濃度を一定にした際のサルコメア振動(Cell-SPOCs)の時系列データ。SL1とSL2は隣接するサルコメア。
(B)Aの隣接するサルコメア同士のリサージュ図形。
(C)Aの隣接するサルコメア同士の位相の関係。
(D)心筋細胞内カルシウム濃度が自発拍動により変動する際のサルコメア振動(HSOs)の時系列データ。
(E)Dの隣接するサルコメア同士のリサージュ図形。
(F)Dの隣接するサルコメア同士の位相の関係。
(G)温めてHSOsを顕在化させる前後の心筋細胞内のサルコメア振動における、個々のサルコメアの振動の振幅のばらつきの大きさの時系列変化。赤矢印の時点で加熱を行っている。その前が自発拍動(興奮収縮連関)のみの状態。その後が、自発拍動+HSOsの状態。
(H)自発拍動の弛緩時のサルコメアダイナミクスにおける、類似軌道の差の時系列変化。縦軸が対数軸で、赤線の直線に沿った軌道差増加がみられるため、差が指数関数的に広がる性質があることが分かる。
(I)Gの加熱前の自発拍動時の隣接するサルコメア同士の位相の関係。