恒温動物の体温の調節中枢は視床下部の視索前野にありますが、体温の調節司令を行う神経細胞群は不明でした。我々は感染時に発熱を起こす物質であるプロスタグランジンE2(PGE2)の受容体、EP3を発現する視索前野ニューロン(EP3ニューロン)が、平常時に体温を上下自在に調節する司令塔ニューロンであることを突き止めました。ラットを暑熱に暴露するとEP3ニューロン群が活性化されました。しかし、この活性化は、EP3ニューロンへのPGE2の作用によって抑制されました。熱産生などの交感神経反応を駆動する視床下部背内側部へ伸びるEP3ニューロンの神経終末を観察すると、抑制性のGABA作動性神経のマーカーが多く含まれ、実際にGABAが放出されることが確認されました。化学遺伝学の手法を用いて、EP3ニューロン群を特異的に抑制すると褐色脂肪熱産生が起こるとともにラットの体温が上昇し、一方、活性化させると皮膚表面からの熱放散が増加して体温が低下しました。
これらの実験結果から、EP3ニューロン群はGABAを使った抑制シグナルを恒常的に出しており、暑い時にはそのシグナルを強めることで熱放散を促進して体温上昇を防ぐ一方、寒い時や感染時にはその抑制シグナルを弱めることで交感神経の出力を増加させ、体温低下を防いだり発熱を起こすための熱産生を行うことがわかりました。EP3ニューロン群が出す抑制シグナルの強さが体温を決定すると考えられます。
Prostaglandin EP3 receptor-expressing preoptic neurons bidirectionally control body temperature via tonic GABAergic signaling. Nakamura Y, Yahiro T, Fukushima A, Kataoka N, Hioki H, Nakamura K. Science Advances 8 (51): eadd5463, 2022.
<図の説明>
本研究で明らかとなった体温調節メカニズムのモデル図。
暑熱環境では温覚入力を受け、視索前野のEP3ニューロン群の活動が高まる [写真は活性化神経マーカーFos(赤)を発現したEP3ニューロン(緑)]。このことにより、GABA作動性の抑制シグナルが強まるため、交感神経出力が抑制され、皮膚血管の拡張を通じて熱放散が促進されるとともに熱産生が抑制される。この反応により、体温の上昇を防ぐ。
寒冷環境下あるいは感染時では、冷覚入力あるいはPGE2の作用によって視索前野のEP3ニューロン群の活動が抑制されるため、GABA作動性の抑制シグナルが弱まる。このことによって交感神経出力が亢進するため、熱産生が起こるとともに熱放散が抑制される。この反応により、寒冷環境では体温低下を防ぎ、感染時には体温上昇(発熱)が起こる。