162. 甲状腺ホルモンが小脳機能の発達に不可欠であることを発見 ―先天性甲状腺機能低下症による脳発達障害のメカニズムの一端を解明―

甲状腺ホルモンが脳発達に不可欠で、先天性甲状腺機能低下症では、知能発達遅延や運動機能障害などが生じ、早期に治療しないと障害が一生残ること知られていますが、障害が生じるメカニズムは明らかではありませんでした。今回私達は、甲状腺ホルモン受容体が多く発現している小脳に着目しました。小脳は、体のバランスをとるなどの運動制御や、自転車に乗れるようになるなど運動を学習・記憶する機能があります。小脳のプルキンエ細胞における「長期抑圧」と呼ばれる現象は、運動制御や運動学習に強くかかわる現象として知られています。この現象への甲状腺ホルモンの関与は全く報告されていません。そこで私達は、プルキンエ細胞で甲状腺ホルモン作用を弱めた遺伝子改変マウスを用い、甲状腺ホルモンの小脳機能発達への影響を解明しました。

遺伝子改変マウスは、梯子を渡る課題において、スリップしたりつまずいたりして渡る時間が大幅に延長しました。また、このマウスのプルキンエ細胞に長期抑圧を引き起こす刺激を与えると、情報伝達効率がむしろ増加する「長期増強」に変化していました。この現象はプルキンエ細胞への刺激で引き起こされるはずの細胞内のカルシウム濃度上昇が低下しているため生じていることもわかりました。このようなカルシウム濃度変化は、成熟後のマウスプルキンエ細胞の甲状腺ホルモン作用を弱めても生じず、成長期の甲状腺ホルモンがプルキンエ細胞の機能を成熟させることがわかりました。

今回発見された現象は、知能指数など学習に関わる他の脳領域でも起こり得るとされ、甲状腺ホルモン低下によって引き起こされる様々な精神発達障害の治療の可能性を広げると期待されています。

Long-term depression-inductive stimulation causes long-term potentiation in mouse Purkinje cells with a mutant thyroid hormone receptor. Ayane Ninomiya, Izuki Amano, Michifumi Kokubo, Yusuke Takatsuru, Sumiyasu Ishii, Hirokazu Hirai, Nobutake Hosoi, Noriyuki Koibuchi. Proceedings of the National Academy of Sciences USA. 2022; 119(45): e2210645119. doi: 10.1073/pnas.2210645119.

<図の説明>

(A) 小脳プルキンエ細胞特異的に甲状腺ホルモン作用を低下させたマウスでは、正常なマウスに比べ、梯子を渡り終える時間が大幅に延長した。(B) 長期抑圧誘導刺激により対照群では長期抑圧が生じているのに対し、プルキンエ細胞特異的に甲状腺ホルモン作用を低下させたマウスでは長期増強が生じている。