159. オキシトシンが脂肪を燃焼させるための神経路 〜愛は脂肪を燃やす〜

脳の深部にある視床下部には多様な神経ペプチドが発現しており、様々な脳領域へ作用することで脳全体の機能を調節しています。その機能の1つに、体温、血圧、心拍数などを適切に保つ自律神経機能があります。神経ペプチドのうち、“愛情ホルモン”とも呼ばれるオキシトシンは、出産や授乳、養育行動、社会行動を促すほか、交感神経系を活性化しますが、その作用が『脳のどこで』『どのような機構で』発揮されるのかは不明でした。

私達は、オキシトシンニューロン選択的に任意の遺伝子を発現させるウイルスベクターを作製して、ラット視床下部室傍核のオキシトシンニューロンが、交感神経を介して褐色脂肪組織の熱産生(脂肪燃焼)を駆動する吻側延髄縫線核(rMR)に神経伝達することを見出しました。そして、rMRにオキシトシンを作用させると褐色脂肪熱産生や心拍上昇が惹起されました。また興味深いことに、オキシトシンニューロンを光遺伝学的手法により刺激すると、rMRのグルタミン酸受容体を活性化することで生じる褐色脂肪熱産生や心拍上昇が増強されました。rMRは視床下部背内側部などからグルタミン酸作動性の熱産生信号を受け取ることから、これらの実験結果は、rMRで放出されるオキシトシンは、それ自身が熱産生を惹起するのに加え、他の脳領域からの熱産生信号を増幅する機能も持つことを意味します。

今回の研究から「rMRを介した交感神経活動の促進」という、オキシトシンの新たな作用とその神経路が明らかになりました。この成果は、養育行動や社会行動中の情動表出に伴う自律神経反応(心拍や体温の上昇)のメカニズムの理解や、肥満症の新たな治療技術開発につながることが期待されます。

論文タイトル An oxytocinergic neural pathway that stimulates thermogenic and cardiac sympathetic outflow. 全著者名 Fukushima A, Kataoka N, Nakamura K.
雑誌名 Cell Reports 40 (12): 111380, 2022.

 

 

<図の説明>

オキシトシンによる熱産生交感神経活動の促進. 視床下部室傍核のオキシトシンニューロンがrMR内の交感神経プレモーターニューロンへ軸索を伸ばしてオキシトシンを放出すると(上段緑色)、プレモーターニューロンが活性化し、交感神経系を介して褐色脂肪組織での熱産生や心拍数を増加させる(上段赤色)。rMRにオキシトシンを注入すると熱産生交感神経活動が惹起され、また、光刺激によるオキシトシンニューロンの活性化はrMRへのNMDA(グルタミン酸受容体刺激薬)注入による熱産生交感神経活動を増強した(下段)。これらオキシトシンによる交感神経刺激作用は脂肪の燃焼を促進すると考えられる。