ラットの心臓から単離してきた培養心筋細胞を37~42℃の深部体温程度に温めると、心筋内部のサルコメア(筋節)が収縮と弛緩を繰り返す熱筋節振動(HSOs: Hyperthermal Sarcomeric Oscillations)状態になる。培養心筋細胞が、カルシウム誘発性カルシウム放出による約1 Hzの自発拍動を行っている場合、HSOsは、カオス的な不安定性と恒常性的な安定性を併せ持った収縮リズムとなる。HSOsの振動振幅はカオス的に変動する一方で、振動周期は一定に保たれ(収縮リズム恒常性;Contraction Rhythm Homeostasis)、また、振動波形をカルシウム濃度変化に応じて変化させることが出来る。これは、心筋細胞内の隣接するサルコメア間の同期状態がカオス的に変化することで、サルコメア集団の平均張力が細胞内カルシウム濃度変化に比例するようになり、クロスブリッジを形成するミオシン分子の総数が変化しても、ミオシン分子1個にかかる力が一定に保たれるようになるからと考えられる。このHSOsの性質は、収縮期に全身に血液を送り出した心臓が、その後の拡張期初期に速やかに心室拡張を行うために重要な性質と考えられている。
Hyperthermal sarcomeric oscillations generated in warmed cardiomyocytes control amplitudes with chaotic properties while keeping cycles constant.
Seine A. Shintani
Biochemical and Biophysical Research Communications, 611, 8-13, 2022.
安定性と不安定性を兼ね備えた、温めた心筋細胞内のサルコメアの力学特性。A. サルコメアの構造の模式図。B. 心筋細胞内の、隣接する連続5節のサルコメアの長さ変化。赤矢印のタイミングで心筋細胞を温めると、HSOsが顕在化する。C. 加熱中のHSOsの位相の時空間変化。各サルコメアに対応する黒横線上で、位相は周期的に変化している。しかし、隣接サルコメア同士の位相関係は柔軟に変化している。白枠で囲った領域のように逆位相同期状態になったり、白枠で囲っていない領域のように、同期状態になったりを不規則に繰り返す。D. 隣接するサルコメアのリサージュ型プロット。位相が不規則に変化していることが確認できる。E. 1~5番目のサルコメアの隣接する瞬時位相同士の関係の散布図。プロットが位相空間全体を稠密に満たしていることが確認できる。