150.前頭前野からの2つの独立な神経回路が不適切な行動の抑制を生み出す

歩き始めた次の瞬間に赤信号に気づき足を止めるというように、ヒトは日常生活において不適切な行動を抑え、適切な行動を選択しています。不適切な行動の抑制(反応抑制)は前頭葉を中心に複数の脳領域の関与が知られていましたが、これらの領域でどのような神経回路が形成され、回路内でどのような時間順序で情報が流れているのかわかっていませんでした。今回、私たちは機能的磁気共鳴画像法fMRIおよび経頭蓋磁気刺激TMSを用いて反応抑制に関わるヒトの神経回路を調べました。健常被験者に反応抑制課題の「ストップシグナル課題」を行ってもらい、脳活動をfMRIで計測したところ、下前頭皮質の腹側部と背側部、前補足運動野、頭頂間溝領域などに活動が見られました。同定された脳領域に対しTMSの単発刺激を課題遂行中に行い、脳領域の活動を非侵襲的に一時的に不活性化したところ、効率低下が起きるタイミングが脳領域により異なり、3つのタイミングに分かれることがわかりました。さらに、連発TMSと単発TMSを組み合わせた手法から、下前頭皮質腹側部から前補足運動野へ、下前頭皮質背側部から頭頂間溝領域へとそれぞれ情報が流れていき、異なった認知的機能を担っていることがわかりました。このように下前頭皮質の2つのサブ領域を起点とする独立した回路の働きによって不適切な行動が抑制されることが明らかになりました。

Parallel cognitive processing streams in human prefrontal cortex: Parsing areal-level brain network for response inhibition.
Osada T, Ogawa A, Suda A, Nakajima K, Tanaka M, Oka S, Kamagata K, Aoki S, Oshima Y, Tanaka S, Hattori N, Konishi S.
Cell Reports 36(12): 109732, 2021.
https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(21)01181-5
DOI: 10.1016/j.celrep.2021.109732

(A)ストップシグナル課題と実験手法。課題には、ボタンをできるだけ早く押してもらうゴー試行と、左右の矢印が出た直後に上向きの矢印に変わりボタンを押さないようにしてもらうストップ試行があります。機能的磁気共鳴画像法fMRIにより課題遂行中の脳活動を計測しました。同定された脳領域に対し、経頭蓋磁気刺激TMSによる単発刺激を用いて課題遂行中の脳領域の活動を非侵襲的に一時的に不活性化しました。さらに、単発TMSと連発TMSを組み合わせた手法により、下前頭皮質腹側部の活動を持続的に低下させ、その前後での下前頭皮質背側部や前補足運動野への刺激の効果を調べました。

(B) 2つの独立した情報処理神経回路。下前頭皮質腹側部から前補足運動野へ、下前頭皮質背側部から頭頂間溝領域へとそれぞれ情報が流れていき、下前頭皮質腹側部と背側部がそれぞれの回路の起点となっていることがわかりました。