X染色体連鎖性精神遅滞(XLID)は、性染色体であるX染色体上の遺伝子の変異により、知的能力の低下や社会行動障害を主な症状とする精神疾患です。XLIDの原因遺伝子の一つとして、FTSJ1遺伝子が報告されていましたが、FTSJ1そのものの生理機能が不明であり、それに伴いXLIDの発症メカニズムも不明でした。
我々は、FTSJ1がアミノ酸を運搬する転移RNA (tRNA)をメチル化する酵素であることを明らかにしました。tRNAは遺伝暗号をアミノ酸に翻訳するために用いられる小分子RNAです。tRNAには多くの化学修飾が存在し、これらの修飾はタンパク質翻訳の効率上昇に寄与することが知られています。そこで我々はFtsj1欠損マウスを作製し、タンパク質翻訳の状況を詳細に解析しました。すると、Ftsj1欠損マウスの脳では、フェニルアラニンを運搬するtRNAにおいてメチル化修飾が消失し、フェニルアラニンコドンでタンパク質翻訳の効率が顕著に低下していることを明らかになりました。またFtsj1欠損マウスでは、(1)記憶・学習に重要な脳の部位である海馬や大脳皮質において、神経細胞(シナプス)の形態異常が認められること、(2)海馬における神経伝達効率の低下が認められること、(3)空間記憶の学習障害が認められることを明らかにしました。これらの結果から、FTSJ1によるtRNAメチル化修飾は神経細胞におけるタンパク質翻訳の効率性に重要であり、修飾の破綻により適切にタンパク質が翻訳されないことで、記憶・学習が障害されるというXLIDの発症メカニズムを明らかになりました。
論文タイトル:Loss of Ftsj1 perturbs codon-specific translation efficiency in the brain and is associated with X-linked intellectual disability.
全著者名:Y. Nagayoshi, T. Chujo, S. Hirata, H. Nakatsuka, C.-W. Chen, M. Takakura, K. Miyauchi, Y. Ikeuchi, B. C. Carlyle, R. R. Kitchen, T. Suzuki, F. Katsuoka, M. Yamamoto, Y. Goto, M. Tanaka, K. Natsume, A. C. Nairn, T. Suzuki, K. Tomizawa and F.-Y. Wei
雑誌名:Science Advances 7(13): eabf3072, 2021.
tRNAメチル化酵素FTSJ1の機能欠損によりX染色体連鎖性精神遅滞が発症する分子機構。Ftsj1欠失マウスでは、フェニルアラニンコドンでタンパク質翻訳が低下し、その結果、神経細胞の樹状突起棘(スパイン)の形態異常やシナプス伝達障害が起こり、精神遅滞様表現型を呈する。