118. 物を見た時の印象を左右する脳内シグナルを発見

ヒトは物体を目にすると,その価値を自身の経験から判断します.過去の研究で,物体の最も基本的な価値である,なじみ深さ―目新しさを反映した神経細胞が側頭葉の嗅周野で見つかっていました.本研究では,これらの細胞の活動がどのように価値の判断に結び付くのか,因果モデルの導出を試みました.実験では,サルに物体を提示し,見慣れているか否かを判断させました.この時,嗅周野の出力を担う細胞を光遺伝学の手法により選択的に活性化すると,サルは物体を実際に知っているか否かに関わらず「見慣れている」と判断し,この効果は活性化される細胞が物体を記憶しているか否かによらず現れました.一方,出力の抑制を担う細胞も含めて電気刺激を行うと,細胞が物体を記憶しているか否かにより,サルはそれぞれ「見慣れている」,「見慣れない」と判断しました.この結果から本研究では「嗅周野の細胞は“記憶にある”という情報を出力する.物体を見た時に,出力が一定の閾値を上回ると『なじみ深い』という印象が生じ,下回ると『目新しい』という印象が生じる.」というモデルを導きました.この結果は,ヒトが目に入る情報の価値を自身の経験や嗜好に基づいて主観的に評価し行動するメカニズムの理解に繋がるとともに,今後,認知機能の神経回路を因果的に解明してゆくための技術的基盤となる成果です.

Conversion of object identity to object-general semantic value in the primate temporal cortex.

Tamura K, Takeda M, Setsuie R, Tsubota T, Hirabayashi T, Miyamoto K, Miyashita Y.

Science 357: 687-692, 2017.

 

図_日本語_KT171030

 側頭葉の神経活動によって物体に対する主観的印象が生み出される.(上)我々は物体を見た時に,経験の違いにより異なる印象をいだきます.例えば,日本でよく食べられる魚(タイ,ヒラメ,アジ)と,熱帯のカラフルな魚を見たとすると,日本で生活している人にとっては,両群から受けるなじみ深さ,目新しさといった主観的な印象は大きく異なります.(下)本研究ではサルを用い,物体を見たときの主観的な印象の判断が,側頭葉・嗅周野の神経細胞の活動によって決まることを,神経活動の光操作により明らかにしました.