114. 飢餓を生き抜くための神経メカニズム

 ほ乳類は、空腹や飢餓状態になると脳の視床下部にてニューロペプチドY(NPY)の放出を通じた飢餓信号が出され、摂食を増やすとともに、熱産生(エネルギー消費)を抑制することによって飢餓を生き延びようとします。しかし飢餓信号がこれら2つの飢餓反応を駆動する脳内メカニズムは不明でした。

 私達は、延髄の網様体の一部に分布するGABA作動性神経細胞がこれらの飢餓反応を指令することを明らかにしました。ラット視床下部にNPYを微量注入して飢餓信号を出させると、網様体のGABA作動性神経細胞が活性化されるとともに、交感神経の活動抑制を通じて褐色脂肪組織の熱産生が抑制されました。一方、網様体の神経活動を抑制するとNPYによる熱産生の抑制が起こらなくなりました。また、化学遺伝学の手法を用いてマウス網様体のGABA作動性神経細胞を選択的に刺激すると熱産生が抑制され、この神経細胞群が飢餓時の熱産生抑制に機能することがわかりました。興味深いことに、ラット網様体神経細胞を刺激すると熱産生が抑制されるとともに咀嚼が起こり、摂食量が増加しました。また、よだれを出す個体もありました。神経投射解析を行うと、網様体のGABA作動性神経細胞が熱産生の交感神経と咀嚼の運動神経を駆動する脳領域の両方に軸索を投射していることがわかりました。

 これらの実験結果から、飢餓時に活性化される延髄網様体のGABA作動性神経細胞群は、交感神経系と体性運動神経系の両方を平行して制御することによってエネルギー消費(熱産生)の抑制とエネルギー摂取(摂食)の促進を同時に起こし、飢餓を生き抜くための脳の重要な仕組みを担うことが明らかとなりました。

Medullary reticular neurons mediate neuropeptide Y-induced metabolic inhibition and mastication. Yoshiko Nakamura, Yuchio Yanagawa, Shaun F. Morrison, Kazuhiro Nakamura. Cell Metabolism 25(2):322-334, 2017.

Figure

延髄網様体のGABA作動性ニューロンは代謝を抑制し摂食を増加させる。空腹時には胃から分泌されるグレリンによって視床下部弓状核のNPY含有神経が活性化する。弓状核から放出されるNPYが視床下部室傍核に作用すると、その飢餓信号は孤束核などを経由して延髄の網様体へ伝達され、GABA作動性神経細胞(GABAergic neuron)を活性化する。活性化されたGABA作動性神経細胞は交感神経を抑制することで褐色脂肪熱産生(代謝)を抑制すると同時に、体性運動神経を通じて咀嚼を促進し、摂食を増加させる。