113.心筋の仕事量増大時におけるエネルギー代謝産物安定性のメカニズム

心筋は収縮と弛緩を繰り返し、大量のATPエネルギーを消費します。これを補うために、主にミトコンドリアでATPが合成されますが、仕事量が増大した時でも種々のエネルギー代謝産物(ATP、ADP、NADH)は、ほぼ一定に保持されます。その一つの機序として、Ca2+によるミトコンドリア脱水素酵素や基質輸送体の制御が示唆されてきましたが、未だコンセンサスは得られていません。我々は、心筋ミトコンドリアエネルギー代謝の数理モデルを構築し、仕事量増大時におけるエネルギー代謝産物安定性のメカニズムについて解析を行いました。その結果、単離ミトコンドリア実験で汎用される基質条件(リンゴ酸/グルタミン酸)では、Ca2+による制御がエネルギー代謝産物の安定性に重要であるという文献データを再現できました。これは、TCA回路酵素の半分のみが作動し、Ca2+による制御を受けるリンゴ酸-アスパラギン酸シャトル(特に、アスパラギン酸/グルタミン酸輸送体AGC)の寄与が大きくなるためでした(図A)。一方、生理的な基質組成(リンゴ酸/グルタミン酸/ピルビン酸/クエン酸/2-オキソグルタル酸/アスパラギン酸)ではTCA回路の全酵素が作動し、AGCの寄与が小さくなるため、Ca2+による制御がほとんど消失しました(図B)。したがって、生理的条件下では、Ca2+による代謝制御の寄与は限定的であることが示唆されました。

A simulation study on the constancy of cardiac energy metabolites during workload transition. Saito R, Takeuchi A, Himeno Y, Inagaki N, Matsuoka S. The Journal of Physiology, 594(23): 6929-6945, 2016.

 

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エネルギー代謝産物の安定性に対するCa2+依存的制御の寄与。A. リンゴ酸/グルタミン酸の条件では、TCA回路が半分しか回らず、Ca2+による制御を受けるリンゴ酸-アスパラギン酸シャトルの寄与が大きい。B. 生理的な基質組成(リンゴ酸/グルタミン酸/ピルビン酸/クエン酸/2-オキソグルタル酸/アスパラギン酸)では、TCA回路が一周し、Ca2+による制御の寄与が小さくなる。