106. 運動学習には一次運動野ニューロンに対する一時的な抑制低下と持続的な興奮性シナプスの強化が必要である

 大脳新皮質の一次運動野は、随意運動の起点領域である。運動トレーニングは長期的に興奮性シナプスの伝達効率を強化すると考えられてきたが、興奮性シナプスが多様化する過程、抑制性シナプスの関与、ニューロンの膜特性の変化など、多岐にわたる可塑性の全体像は不明であった。

 本研究では、ラットを用いたローターロッドテスト(1日10試行、最長2日間)を運動学習課題とし、主要な興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸に着目した。まず、一次運動野におけるAMPA型やNMDA型受容体のグルタミン酸受容体を局所阻害すると学習獲得が遅れ、成績が著しく低下することを確認した。次に、スライスパッチクランプ法により、運動学習後の一次運動野II/III層におけるシナプス特性やニューロン膜特性を解析した。非トレーニング群と比べ、トレーニング1日目では、1シナプス小胞あたりの興奮性シナプス後電流(mEPSC)の振幅が増加し、抑制性シナプス後電流(mIPSC)の頻度が一時的に減少した。またAMPA受容体のGulA1サブユニットSer831のリン酸化が亢進していた。これは運動直後における一時的なGABA分泌量の減少とAMPA受容体のシナプス移行を示唆する。トレーニング2日目には、さらにmEPSCの頻度・振幅が増加していたが、連続刺激応答の結果(paired pulse ratio)から、グルタミン酸分泌量の増加も確認された。以上、運動学習の過程における興奮性と抑制性の両シナプスの関与と、プレ・ポスト両側におけるシナプス可塑性の全体像を初めて明らかにした。

Motor training promotes both synaptic and intrinsic plasticity of layer II/III pyramidal neurons in the primary motor cortex. Kida H, Tsuda Y, Ito N, Yamamoto Y, Owada Y, Kamiya Y, Mitsushima D.2015. Cerebral Cortex. in press.

サイエンストピックスの図(生理学会)新20160705

本実験から示唆された一次運動野における運動学習のメカニズム。学習にともない、興奮性シナプス(赤)と抑制性シナプス(青)の伝達効率がダイナミックに変化する。