我々の脳は両眼で得られた情報を統合し、再構成して三次元的感覚を作り出す仕組みを備えています。この『奥行き』を脳内でコードするためには、視覚システムの初めの段階では右眼と左眼の経路は分離していなければならないと考えられています。
左右眼の経路は一次視覚野においては、ヒトやマカクザルで『眼優位性カラム』と呼ばれる円柱状の構造を取って左右の入力が分かれています。しかし、リスザル・ヨザル・マーモセット等の小型のサル(新世界ザル)では、奥行き知覚ができるにも拘らず眼優位性カラムは存在しないとする過去の論文も多く、その機能や奥行き知覚の神経回路は謎として残されていました。
今回の研究で我々は、遺伝子発現を指標にすることでヨザルにおいて眼優位性カラムが存在していることをはっきりと示すことができました。また昨年、基礎生物学研究所の仲神らは同様の手法を用いてマーモセットで眼優位性カラムの存在を示しました(Front Neural Circuits, 2013)。これらのことから、この構造は今まで考えられていたよりもずっと広く種間で保存されていることが示され、奥行き知覚研究に新たな扉を開くことができました。
Takahata et al., Identification of ocular dominance domains in New World owl monkeys by immediate-early gene expression. Proc Natl Acad Sci USA, (2014) 111 (11): 4297-4302
図 A:実験により片眼を盲目にしたヨザルの視覚野を採取し、平坦にして表面に水平に切り、神経活動依存的に発現する遺伝子c-Fosの発現パターンを調べた組織切片。一次視覚野で眼優位性カラムと思われるまだらなパターンが観察されます。B:遺伝子発現により可視化される眼優位性カラムは、過去の研究者たちがよく用いていた手法、シトクロム酸化酵素(CO)染色では観察することができません。隣接切片をCO染色で染めてもその染色パターンは一様で、それぞれのカラムの染色濃度に差はありませんでした。茶色のサークルは隣接切片の同一の血管を示します。